冷たいっ!
どうしてうちには玄関があるのにそっちから入ってこないでこっちから来るんだ?
「おはよう。アーク。ちょっとなんでこっちから来るんだって思ったでしょ?」
「はよ、ちょっとっつーか、かなり思ったよ。で?なんだ?」
「アークの部屋覗いてみたかったの!っていうのは冗談。玄関から来なかった理由はね、あんた・・・・・・おねえちゃんのこと引きづってんじゃないかって思って。だからアタシが玄関から行ってもアーク、居留守使うんじゃないかって思ったんだよね。」
「んなことねーよ。俺だってつよくなりてぇし・・・・・・。」
「そう、ならよかった。アーク、昔から変なところ優しくて、変なところで責任感感じてたりしたからさ。そうそう、本当は部屋まで入っちゃってもいいかと思ったんだけど、一応そこはプライバシーを確保しといてベランダにしたの!」
そういいながらリルは後ろに手を回し、体を斜めに傾けて笑った。
「いや、つか、ベランダで俺の部屋見てる時点でプライバシーもクソもなくね?」
「うっさい!ほら、モンスター狩りに行くんでしょ!?行くよ!言っとくけど、アタシはお姉ちゃんみたいには教えないし、アークにはびしびし教えるからね!」
「最初っからリルがラルさんみたいに教えてくれるなんて期待してねぇよ。俺の骨でもお折る気だろ。」
ため息をつくと、拳骨で殴られた。
「いっ!!」
殴られた頭を抑えリルを睨む。
リルはリルで「ふん!」とか言って顔をそむけるし。こんの、暴力女め!!
「アーク、どこら辺がいい?・・・・・・とかないか。アークは下の下だからほぼ無知だもんね。」
「うるせぇ!!」
「でも、もうしばらくあそこには行かないほうがいいよね・・・・・・だって、あれと同じ光景をまた二度も見たくはないでしょ?」
「あそこ?ああ、ラルさん・・・・・・。」
俺が俯くとリルは思いっきり俺の背中を打っ叩いた。
思わずむせて呼吸が出来なくて苦しい。
「ゲホッ!な・・・・・・に、すんだよ!!ゴホゴホッ!!」
「そんな辛気臭い顔しないでよね!幸いお姉ちゃんには怪我残らなかったわけだし!」
「だからって叩くか!?」
声が裏返ってしまった。苦しい。
「・・・・・・アークは本気なんだね・・・・・・お姉ちゃんのこと・・・・・・。」
何かをポツリとつぶやいたが、それに反応している余裕は今の俺にはなく、ただむせていた。
「こら、いつまでむせてんの?そんなに強く叩いてないよ?アタシは。」
これがそんなに強くないとかいうレベルならリルの本気ってどんだけなんだよ!?
素手でモンスターはっ倒すレベルか!?
「アークゥー?失礼なこと考えてるでしょう、今。」
ジロリとリルに見られ、俺は背筋を伸ばして「いえ!めっそーもございません!」と言った。
「・・・・・・なんか、片言なんだけど・・・・・・まぁいいか、まずはモンスターについて詳しく知ることね。参考書はどんなの読んだの?」
「基本的には・・・・・・中央図書館危険物とモンスター図鑑あたりを・・・・・・。」
リルは少しニコリとしてから聞き返してきた。
「まさか、それだけ読んでましたってワケじゃないよね?」
「まさか!そこまでバカにしないでくれよ。ちゃんと図鑑以外の本だって読んださ!」
「そうだよね・・・・・・いくらアークでもそこまでバカじゃないわよね。で、どんな参考書を読んだの?」
「え?どんなってだから、危険物とか大型モンスターについてだろ?」
すると、リルがフルフルと震えだし、俺が「大丈夫か?」と尋ねると大声を張り上げ、思いっきり頭を殴られた。
「こんのバカアーク!!授業中寝て、昼間に何熱心に読んでるのかと思ったらそんな高度な本ばっかり読んでたわけ!?まず基礎がなってなきゃ意味がないでしょ!!」
「いてぇよ!この暴力女!!」
「もう一発殴られたい?」
「いえ!」
「まさかとは思うけど・・・・・・じゃあ、攻撃系モンスターしか知らないの?治癒系モンスターは?人形や精霊についても皆無?」
「あ?治癒系モンスターなんて便利なモンがいるのか!?つーか、なんだ?人形とか精霊とか・・・・・・。」
「信じられない・・・・・・おねえちゃんも何も言わなかったの?教わってたんでしょ?」
リルは額に手を当て、ため息をついた。
「そんなん何も言われなかったし、だいたい、教わってたって言っても、あの時でまだ二回目だったし・・・・・・。」
「で、二回目で、あの有様だと・・・・・・。」
「うるせぇな!とにかくなんも言われなかったんだよ!」
俺が大声を張り上げるとリルはまたため息をついた。
失礼極まりないなコイツ・・・・・・。
「多分おねえちゃんは当然知ってることだと思ったんでしょ・・・・・・学校で習う基礎の基礎なんて・・・・・・おねえちゃんは他学年だったし、何より特別Aクラス(超優等生クラス)にいたしね・・・・・・アークはDクラス(戦いに入る前の基礎の基礎を学ぶクラス)だったもんね・・・・・・。」
「うるせぇな、そういやお前、成績よかったよな、なんでDにいたんだ?」
「アタシ!?アタシはその・・・・・・あれよ!・・・・・・確かに勉強はつまんなかったし、知ってたから意味なんてなかったんだけど、アークがいたから・・・・・・。」
ごにょごにょ言うリルに「あ?なんだ?」って言ったら「なんでもない!」と言われた。
「・・・・・・あれ?人を教えることができるのってBクラスから特別Aまでの成績実績を持つヤツだけだったよな?じゃあお前無理じゃん。」
「無理じゃないんだけど・・・・・・というか、アタシのことを知らないってほんとにアンタ、どれだけ先生の話し聞いてないの?アタシは特A並みの成績があるの。Dにいたけど、それはアタシが基礎の基礎を重点的に学びたいって頼み込んだからあそこにいたのよ。それは先生が最初に言ったでしょ?“だから分からないことがあったら先生以外にもリルさんに聞くように”って。」
「・・・・・・希望して?なら俺よりお前のほうがバカなんじゃねえの?」
「・・・・・・何がどうバカなわけ?」
顔をひくつかせてリルが笑っていたので、俺はやべぇ!と思い、黙った。
「まぁいいわ、じゃあ教えてあげる。言っとくけど、強くなりたいって思うなら、基礎の基礎なんで頭に叩き込んでもらうからね!そんなに時間とってられないし、なにより憶えてて当然のことなんだから!!」
「はいはい・・・・・・俺の腕を折る気だな・・・・・・。」
「先生の話まったく聞いてなかったアークが悪いんでしょ!」
いきなりどっさりと教材を持ってくるので、本当に俺を殺す気だな・・・・・・と思ったが、案外俺のペースに合わせてくれているらしい。
少し悔しいが、分かりやすい・・・・・・。
「っ~・・・・・・何!?人の顔見て!ちゃんとアタシの話し聞いてるの!?」
「え!ああ、聞いてるよ。ただ、ちゃんと教えてんだぁって思ってさ・・・・・・。」
「・・・・・・あんたそれ、アタシに喧嘩売ってんの?」
「いえ、滅相もございません。」
あ~ぁ。ラルさんなら喧嘩なんかになんねぇのに。
まぁいいか、ちょっとは違ってもリルも俺と同じ系統の魔法使いなんだし・・・・・・。
それにしても、何で同じものがないんじゃないかとまで言われてる魔法の種類が同じなんだろう?
俺と、ラルさん・・・・・・。
やっぱこれは運命ってことか~!?
「何ニヤついてんの!?言っておくけど、基本を覚えない限り魔法は無理だし、この先のほうがかなり骨折れることになるからね。」
「へいへい。」
「・・・・・・やる気あるんだよね?」
拳を握って手を震わせているリルを見て、黙って頷いておいた。
やっぱ暴力女だ!コイツ!!
数日後、死にそうなくらいの量の基本を覚えさせられ、テストをさせられた。
そのテストで満点を取らない限り俺はその先を教えてはもらえないという。
「は~・・・・・・そんであんた、今日ですでに10回の全く同じテストが出てきたのに満点が取れないってどういうこと?」
リルはすっかりあきれながら魂の半分抜けた俺をあきれながら見ていた。
「うるせぇ・・・・・・。」
「・・・・・・仕方ないか。わかった、アーク。あんたがこのテストで満点取ったときにはご褒美あげるから、がんばりなよ。」
「ご褒美って?」
するとリルが近づいてきて耳でささやいた。
髪の毛からシャンプーだろうか?いい香りがする。
「あんたが、喜びそうなこと・・・・・・。」
ことってことは、物じゃなくて、出来事か!?
つか、顔が見えなくなるとラルさんみたいで変に意識しちまうんだが・・・・・・。
ふっと俺から離れたリルの顔は笑っていた。
「だからさ、がんばんなよ?アーク。」
「・・・・・・え、ああ・・・・・・。」
「顔赤いよ?勉強のし過ぎで熱でも出た?」
リルが俺の額に触れた。
「うわぁ!!」
俺は驚いて後ずさろうとして、失敗して、リルが俺に倒れこんできた。
「きゃぁっ!!」
同時にビシャッという音がして冷たいものが体についた。
「つめた!!」
少しリルを見ると・・・・・・なにこれ?狙ってたの?
と思うくらい飲み物でぬれてさらに胸が際立っているリルが「何これ?」といいながら俺を上目遣いで見ていた。
あぁ、なんかこーゆーおしとやか系リルもいけなくなくないかもしんないとか思った俺は即座に心の中でラルさんに謝った。
いや、別に、これは浮気とかじゃ・・・・・・!!
その!!ええっと。
「やだ!アーク!それ、しみになっちゃうよ!?」
リルが慌てて指差したのは、お漏らしした後みたいになっているジュースの後。
「うおっ!?」
「はやく拭かなくちゃ!!」
そういってリルは布巾片手に拭き始めようとするし・・・・・・。
「リル!やめろ!それだけはやめろ!!」
「へ?あ!ご、ごめん!!とにかく、着替えて・・・・・・て、ここがアークの部屋か・・・・・・わかった。とりあえず、アンタはお風呂に入ってきなさい!アタシがココ片付けておくから!!」
「お、おう!」
そういって、ジュースでベットベットになった足を気持ち悪い、と感じながら風呂場へと急いだ。
俺が部屋に帰ったとき、部屋はきれいになっていたが、リルだけが丸くなって震えていた。
「リル!?どうしたんだよ!?」
「さ、むい・・・・・・。」
確かにリルがひやりとしている。
!!失敗した!俺より先にコイツを風呂に入れるべきだったのかもしれない。
「片付けたから、帰っていい?」
「え!でも、まだ勉強・・・・・・よりも!風呂入って来い!!ぬれたの上だけだよな!?そしたら俺のシャツ貸してやっから!」
「え!あ、アーク!でも、アタシ・・・・・・!」
「バスタオルも用意してやるって!心配すんなよ!ほら!」
そういってリルを風呂場へと押し入れると、俺はご褒美とやらについて考えていた。
全く想像がつかないのだ。
リルのことだから勉強セットとかいって持ってくる可能性もあるし、でも、ことって言ったし。
そうこうしているうちに顔を真っ赤にしたリルが帰ってきた。
俺の服のサイズは少しぶかぶかだったらしい。
リルはやたらに前で腕組をしてそわそわしていた。
「服借りといてなんなんだけどさぁ、アーク、やっぱ帰っちゃダメ?」
リルはそういいながら俺の隣で猫背になった。
「なんでそんな帰りたいんだよ?」
「・・・・・・わかったよ!もう!教えればいいんでしょ!?ほら、勉強道具だして!」
それからしばらくリルのソワソワが続いて、それからリルが手を伸ばしたときだった。
「やっ!!」
いきなり体を小さく丸めたのだ。
何がイヤなんだか理解できません。
リルよ、一体何が起こったんだ?
「どうしたんだよ?」
「見た?」
「何がだよ?」
「ならいい。今日はココまででいいよね?きっちり覚えておくんだよ?」
「おい、リル!何そんなに急いでんだよ!?」
リルの手を引っ張ると、俺はありえないものを目にした。
・・・・・・おかげで本当に鼻血が出るかと思った。
リルの服に、浮かび上がっていたのだ。
「・・・・・・おま、ノーブラ・・・・・・!?」
「きゃ!!や!離せ!!」
「なんでしてねーの!?」
慌てて手を離し、俺は後ろを向いた。
「・・・・・・仕方ないでしょ、ジュースでベットベットになっちゃって替えがなかったから帰ろうとしたのに、そうさせなかったのはアンタでしょうが!!」
「そーなら早くそういえば俺だって返したさ!」
「・・・・・・ああ!もう!言えるわけないないでしょ!・・・・・・す、好きな人の前であたし、ノーブラなんです、なんて・・・・・・そんなこと・・・・・・。」
「あ?なんだって?」
「なんでもない!バカ!はやく帰してよ!もう教えるところは教えたでしょ!!」
「あ、ああ・・・・・・わるい・・・・・・。」
「じゃあ・・・・・・ね。」
リルはそういうと一瞬にして俺の目の前からいなくなった。