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企画【candy store】

クロフクッキー

作者: 休止中

 バスが来るまで軒の下にあるベンチに座って、せわしなく行き来する人を眺める。

近くに駅があり、風通しの悪い服にカバンを持った男たちはそこをめがけて走りだす。

一分ほど前にバス停を出たバスからは、二十人ほど降りてきた。

俺はブレザーのボタンは全て開け、シャツのボタンも上から二つ開けている。

 俺は、ぼろくなった腕時計を見た。時刻は八時十七分。

後五分ほどで俺の待っているバスは来るだろう

七分前の暑苦しいバスとは大違いの、ガラッガラなバス。

 一分遅れて現れたバスに俺は乗り込もうとすると、肩に何かがぶつかった。

そちらを睨むと、そこにいたのは同じ年くらいの女。

そこまで珍しい事じゃない。

俺は舌打ちすると、バスの中へ乗り込んだ。

 何も変わらない教室で帰ってからの事を考えていた。

将来役に立ちそうもない因数分解を、これ以上ないくらい重大な事のように教師は教えている。

そして、俺と目が合うたびに顔をしかめる。

俺なんか居ても居なくても一緒、むしろ居ないほうが良い。

そういう奴が多いのだろう。

そして、簡単に人を裏切る。

 次の日、俺がバス停にたどりつくと、誰か先に俺の席に座っていた。

どうやら女のようだったが特に意識をせず、隣に座るが妙にオドオドしている。

全く、こちらを見ようとしない。

 俺は、たぶん見るからに不良だ。

髪を染めていないものの、普通話しかけては来ないだろう。

俺は視線を前に戻し、忙しなく走る人間を観察した。

 あと七分、雪崩のようにバスから降りてくる集団を見送ったあと時計を確認する。

その時、俺の方を横から誰かが叩いた。

誰かと言っても、思い当たる人間は一人しかいない。

隣でビクついていた女が、こちらを見ている。

「……何?」

俺がそう聞く、しかし、何も言ってこない。

「……なんだよ?」

再び質問すると、女は慌ててカバンから紙とペンを取り出した。

そして、何かを書くとこちらへ差し出す。

[昨日の人ですよね?]

紙にはそう書かれていた。

「昨日?」

俺が聞き返してもキョトンとしていて、ずっとこっちを見ている。

そのうちに思い出した。コイツ昨日俺にぶつかってきた奴だ。

「……なんなんだよさっきから」

女は紙に何か書いてまたこちらへ見せた。

[私 耳が聞こえなくて 声も うまく話せなくて]

「……で、何なんだよさっきから」

ため息をついた俺は、目の前の女が何も反応しないのを見て

差し出されたメモ帳とペンを奪い取り、ページをめくると

[それで何?]

と書きこみ、押しつける。

俺は時計に目をやり、後三分待てば来るだろうと見当をつけ

バスのくる方角を見て、待つことにした。

しかし、すぐにまた俺の方が叩かれ、しっかりと握られたメモ帳が目の前に現れる。

[私は希識きしき豊香とよか あなたは?]

……振り仮名まで振ってあるが、正直興味が無い。

俺は、だからなんだと言おうとしたが、声が聞こえていないことを思い出し

希識とか言う女が俺の膝の上に置いたメモ用紙とペンを手に取り、走り書きをした。

[庄葉しょうば康晴やすはる]

[康晴さんですか、いいお名前ですね]

[だからなんだ]

すると、相手の反応は

[あなたに聞きたい事があります]

「は?」

メモを読んだ瞬間思わず声が出た。

こっちは全く興味が無い。しかし、相手はそうでもないらしい。

[何?]

それを希識に渡すと

希識は、メモ用紙を見た後に考え込むような動作をした後メモ用紙を二度ペンで突いた。

そして、ペンを回すとメモ用紙に迷いなくペンを走らせる。

 希識がメモを書いている途中で、バスが人を降ろし始めた。

B5くらいのメモ帳、約二ページ分に渡る長いメモを渡されたころ。

バスは扉が閉まり、次の目的地へ向かおうとしていた。

 あれほど時間を気にして、今か今かと待っていたにも関わらず

乗り過ごしたとき、バスが出る瞬間ですら何ら焦りを感じない。

それどころか、そもそもバスすら俺の意識から飛んでいた。

そして、差し出されたメモを手に取り、少し真剣に目を通してみる。

[あなたは 桐田とうだ颯太そうたと言う人を知っていますか?]から始まる、長い文章だ。

どうやら俺がその桐田とか言う男と似ているから、どういう関係なのか知りたいらしい。

俺はひとしきりメモを見ると、ページをめくり[知らない]とだけ書いて渡した。

希識は少し残念そうに目を伏せると、今度はゆっくりと何かを書きこちらへ向ける。

[明日も ここに来ますか?]

「なんで?」

希識は俺の口を見て、何を言ったのか理解したらしい。

ページをめくると、また何か書き始めた。

そして、今度は会話口調ではなく、予定のようなメモを差し出した。

[明日 午前七時半 私はここにいます]

俺は、そのメモを受け取り。

[勝手にしてくれ]

と書いてその場に置くと、ベンチから立ち上がりさっさと帰る。

 自分の部屋へと上がり、飯も食わずに横になった。

そして、今日の事を考えていた。

 明日の七時半、居ても居なくても変わらない。

居たとしても、何か面倒な話を吹っ掛けてくるだけだ。

居なかったらいつも通り過ごすだけ、何も変わらない。

「……居たら面倒だな」

 次の日俺は、一時間ずらして行動した。

学校なんて知ったことじゃない。

 時刻は九時五十分

あの女は、居た。

膝に、小さい袋を抱えている。

こちらに気がつくと、少し怒ったように手招きをした。

俺は大きく息を吐き、その希識の隣へ座る。

希識は何かもどかしそうに手を握り、ため息をつく

そしてペンの擦れる音がしたかと思うと、メモ帳がこちらへ飛んできた。

俺の耳に命中し、そのまま地面へ落ちる。

「……痛っ、投げんなよ」

メモ帳を拾うと、そこには。

[どうしてこんなに遅いんですか! 約束したじゃないですか!]

と書かれていた。

少し呆れているとペンを腕に押し付けられ、それを手に取り紙に書く。

[約束は破るために有るものだ]

そう書いて渡すと、帰ってきたメモは

[でも 私はあなたのこと信じていたんですよ?]

[じゃあ 信じるだけ無駄だったな 俺はお前の事を信じてない]

[人の事を信じないとあなたも信じてもらえませんよ!]

[そもそも あんなメモ 命令にしか見えない]

そのメモを渡した後、希識はしばらく考えるようなしぐさをした。

すぐに先ほどより落ち着いた書き方で、メモを書く。

[それなら謝ります ごめんなさい]

そして、その下に小さく何かが書いてある。

[渡したいものがあって]

「……渡したいもの?」

俺は、小さい文字をなぞりながら希識の顔をみた。

すると、手に持っている袋の中からゆっくりとラッピングされた袋を取り出す。

 袋から袋って……効率悪い。

そんなことを考えていると、希識がそれをこちらに差し出した。

「……え?」

俺の反応が悪かったのかもしれないが、希識は少し乱暴に袋を押し付け、俺の手からメモ帳を奪い取り書きこみ始める。

首をかしげながら、袋を手に取ると中にはワッフルが二つ入っていた。

そのワッフルの上にメモ用紙がそっと置かれる。

不安定なところにおかれたメモ帳は手前に滑り、俺はメモ帳を手に取った。

[貰っていただけますか?]

[なんでこんなもん]

[嫌い……でしたか?]

俺はため息をつくと、何も言わずにそのワッフルを持ち去った。

 しかし、懲りないやつはいるもんだ。

次の日も、その次の日も、希識はクッキーを持って待っていた。

邪魔ではないが良い暇つぶしの相手になるので、俺はそいつと適当に会話をして

バスが来ると、そいつは俺にワッフルクッキーを渡して見送る。

あいつはいろいろ話してくれた。

桐田颯太は希識の初恋の相手らしい、話をしたかったが自分に自信が持てず

このワッフルクッキーを渡そうとしたものの、結局出来なかったそうだ。

 だがある日ふと気がついてしまった。あいつが俺にクッキーを渡し続けるわけが無い。

桐田と言う奴に俺が似ている、そしてその俺にクッキーを渡し続ける。

 答えはもう見えていた。あいつは俺を見ていたわけじゃなかったのだ。

 俺は次の日から、別のバス停を使うことにした。一つ後のバス停だ。

そして、次に止まるいつものバス停のベンチに座っている希識を見ては

ざまぁ見ろと思っていた。

 もう二度と騙されるものかと、そう思った。

 しかし、何かが違う。

三週間が経っても、希識はそこにいた。

もうすぐ一か月が経つ、なのにずっとそこに座っている。

俺はとても混乱した。

 どう考えても手が込み過ぎている。

もうすでに、一個前のバス停からのっているのがばれているのだろうか。

 困惑しながら帰り道を歩いていると、見慣れた袋を持ったカップルが目に入った。

ワッフルを持って、笑いながら歩いている。

俺は、何かを感じそのカップルの出てきた角を曲がると、赤い看板が目にとまった。

 この近くはバス停までしか通らなかったので、ほとんど土地勘が無い。

だから、こんなところに洋菓子の店があるとは知らなかった。

ゆっくりとドアを開け、店の中に入るとさっき見たものと同じラッピングがされた袋

レジの前におかれた小さな箱に、何個も入っている。

 何度も渡されたワッフルだ、見違えるはずが無い。

貼りつけられているカードには「クロフクッキー」と書かれている。

「……これって?」

そう呟くと、カウンターのおばさんが

「あ、それね。クロフクッキーって言うんだよ」

「クロフクッキー?」

「私が得意なワッフルクッキー、それなりにおいしいよ」

 俺がクロフの意味を尋ねると、信じると言う意味だと教えてくれた。

それを渡し続けると言うことは、どういう意味があったのだろう。

そして、二回目に会った時のメモを思い出した。

[人の事を信じないとあなたも信じてもらえませんよ!]

 あいつは、本当に俺の事を信じているのだろうか。

そんな問いかけも、少しどうでも良くなった。

俺は誰も信じない。

ただ、偶然同じクッキーを持ってるやつと居合わせたら、メモ帳で話をしても良いだろう。

 ワッフルを片手にそんなことを考えながら歩く俺の脚は、あのベンチへと向かっていた。

はい。

四千文字以内がここまで辛いとは思いませんでしたが

スランプに比べれば断然楽です。

これからはスランプに飲まれないよう。

多少ストックを作っておくべきですかねぇ……

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[一言] 大変遅れ馳せながら「クロフクッキー」拝読いたしました。 初恋の人に似た彼をじっと待つ希識さんが、とても切なげに感じられました。 自分を通して他人を見つめられている康晴くんも、やっぱり切ない…
[一言] 不良とはいいながら、結構優しいんです! お話とても面白かったです。 希識さんとっても可愛いです、理想の彼女像です。 最後のワッフル片手に約束の場所に行くとこなんて、考えただけで胸キュン(痛…
[一言] 「クロフクッキー」拝読しました。 なんて内容の濃い4000字なんだ……! 勉強させていただきました。 [人の事を信じないとあなたも信じてもらえませんよ!] この言葉、頑なな康晴の心に確実…
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