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被せられた猫を脱ぐ時

掲載日:2026/02/10

 【   】は猫語の会話です。


 私は死んだらしい。たった今、そう宣告された。

 そしてこれから違う世界で生きていくように言われた。

 どうせなら生まれ変わりたいのに、この姿で生きろと。

 意味が分からない。


 もり 林子りんこ、十七歳。あだ名はモリリン。いつどこで死んだのか覚えがない。ついでにどんな人生だったかの記憶もない。気付いたら、何もない霧の中みたいなところにいて、得体の知れないものから、大雑把な説明を受けたところだ。


 人のなりをしたそれは、女神だか男神だか判然としないキレイな顔をしていて、やたらと線が細いから、気高さよりも頼りなさが先に立った。


《文明も似たり寄ったりの社会だから》


 合成音声みたいな声のせいで、怪しさマシマシだ。


 おまけにずいぶん焦っていて、途中で説明を省かれた気がする。


《ああ、もう、あっちでもこっちでも問題ばっかり起こして。なんで変なヤツばっかり掴んじゃうんだろう、尻拭いが大変だっての》


 どうやらトラブルをたくさん抱えているらしい。


《まあ、なんとかやっていってよ。異世界人だからって差別されるような世界じゃないし、転移者としての使命もないからさ。降りた先で好きに楽しんでいいよ》


 そう言って、さっさと消えようとしたから慌てて止めた。


「待って!! 私は何のためにここに来たの」


《たまたまだよ。不幸なまま死んでしまった人を我が拾って、こちらでやり直しさせてるだけだから。そしてお前が幸せになれば、我の評価が上がる》


「私が選ばれたのはなぜ」


《お前たちの言うところのガチャというやつだな。不幸だった人間の魂を適当に摘まみ上げるだけの運ゲーさ。我はいつも引きが弱い。どいつもこいつもハズレばかりだ》


「私は?」


《お前次第だ》


「異世界で言葉は通じるの?」


《それは大丈夫。最初に目を合わせたヤツの母国語が頭に入るようにしてあるから。ここら辺は小国の寄せ集めで、降りた先ごとに言語が違うんだ。あとは、落ち人です、って言えば保護してくれるから。じゃあ、幸せにおなり》



 神のような曖昧なものは、人の姿を溶かすように消えていった。



 同時に私の体がどんどん下降していって、しばらくすると足の裏が地面に着いた。


 私は石畳の上に立ち、自分を取り囲む高い建物を見上げて途方に暮れた。どこだ、ここ。


 不意に、足首に柔らかいものが当った。見下ろすと、黒い猫が私の脚にまとわりついていた。知り合いの誰ひとりいない世界で心細くて仕方がなかった私は、しゃがみこんで猫を撫でた。


 私を見上げた猫の目は金色だった。なんてキレイな。



【オマエ、異世界人か】


 猫がそう言っているように聞こえた。


【そうだよ、来たばかり】


 口をついて出た言葉は、自分の耳には『ニャー、ニャ』と聞こえた。


【なんで!?】


【オマエ、馬鹿だろう。この世界で最初に目を合わせたのが俺ってことだな。もう猫語しか分からないぞ】


 私は、猫も呆れた顔をするのだと初めて知った。



 驚きと絶望で動けなくなってしまった私に、ルークと名乗った黒猫が尻尾で喝を入れ、落ち人保護施設まで連れて行ってくれた。



 当然のことながら、私はどの国の言葉も理解できず、猫のルークとばかり喋ることになった。


 過去にもこのような事例はないらしく(ルークによると)、係の人も持て余しているのが分かった。


 結局、暮らしていく中で言葉を覚えていくしかない、ということになったらしい。保護施設の裏に寮らしきものがあって、ここで生活することになるらしい。


 『らしい』ばかりで心許ないが、猫のルークの通訳なので、本当に合っているのかは確かめる術がない。溺れる者は藁をも掴むというが、私はこのルークの真っ黒なしっぽに縋って生きることに決めたのだった。



 ◇   ◇



 見知らぬ世界に転移して半年が過ぎた。


 私は現地語の習得に苦戦していた。聞き取れはするのだ。文字も結構覚えた。筆談なら意思の疎通ができる。


 だけど致命的に発音が覚束ない。頭で思う音が出ない。喉がどこかおかしい。『こんにちは』と言っているつもりなのに、『のんににわ』になってしまう。カ行とタ行が特にまずい。


 たぶん、あれだ、猫語を話せるようになった弊害だ。恨むぞ、いいかげんな女神だか男神だか分からんヤツめ。呪ってやるからな。



「モリリン、そっち終わった?」


「うん」


「じゃあ、昼食作りに行こうか」


「うん」


 私は、他の落ち人と違って、余所で職を探すことができなかったので、寮内の掃除や調理場の手伝いをすることになった。会話は短い返事で済むし、作業自体も簡単だから不満はない。


 ただ、思い切り喋ることができないからストレスが溜まる。そんな時は、黒猫のルークを捕まえて思う存分喋りたおす。ルークが見つからない時は、空き時間に散歩に出て、街中で出会った猫と会話する。


 変な人だと思われないように、抱っこして耳元で『ニャーニャー』言う。猫たちにはちゃんと通じて返事ももらえる。


 猫というのは思った以上に行動範囲が広い。猫同士の交流もあって、常に情報交換を怠らない。だからとても物知りだ。おかげで私は世間の人が知り得ない情報を掴んでいたりする。それが役に立ったことはまだないが。




「ねえ、モリリン、知ってる? 今この街に、とある大国の王族が来ているらしいよ」


 同僚のミアが芋の皮を剥きながら言った。


「うん」


 私は玉ねぎの皮を剥きながら答える。


「なんでもね、高貴な血を守るためにキンシン婚?を繰り返し続けたら、先祖の血が濃すぎる子供が生まれちゃって大変なんだって。・・・どういうことか分かる?」


「ううん」


「だよねー。濃すぎるとどうなるのかな。サラサラじゃなくて、ドロドロになるのかな」


「わあらない」


「分からないよねー」


 二人で切った野菜を鍋に入れ、次の野菜に取りかかる。寮の人と落ち人保護施設の人の食事なので結構な量だ。口を動かしながらもせっせと働く。


「だけど、王族ってどんなだろうね。お忍びだっていうから煌びやかな格好はしてないだろうけど、王子様なら見てみたいなあ」


 ミアが夢見るように言う。


「うん」


 私は興味がないので適当に返事をする。


 実はこのことは、黒猫のルークから聞いて知っていた。


 なんでも、その国は始祖が獅子だという建国神話があるらしい。初代の王は獅子で、その妃は虎だったとか。どこから人間になったんだろう。まあ、神話なんてそんなものか。


 そう思っていたら、ルークが、【あいつら獣人の血が混じっているぞ。神話はあながち嘘じゃない】と教えてくれた。


 獣人!? と私は驚いたが、少し前の王がやたらと血を尊びだして、一族の中でしか結婚を認めなかった結果、ネコ科の獣人の特徴が現われ始めたらしい。


 力が強くなったり、跳躍力が並はずれたり、毛がふさふさするのはまだいい。鼻の下の髭が数本ピンと横に目立って伸びるとか、頭の上の方にもこんもりとした耳のようなものが生えてきたり、やや異形の方向に進みだしたのだ。


【だから王家は慌てて、人間の姿に戻るように方向転換を余儀なくされた】


【その王族が、こんな小国に何しに来たんだろう】


【嫁探しじゃないか】


【国内じゃダメなの? 大国なんでしょう?】


【王国内では、やたらと高貴な血を誇っていたから、今さら侯爵以下から妃を選ぶわけにいかなくなったってわけだ。視察先で恋に落ちたことにでもするんだろうな。愚かなことよ】


【だからわざわざ、こんな遠くまで来たのかな】


【途中の国では見つからなかったんだろう。王国内で崇められていても、余所では獣人なんて野蛮な存在だと見なされているからな】


【ふうん、変な見栄張らないで嫁くらい自分のとこで探せば良いのにね。ま、私たち下々の者には関係ない話だけどさ】



 そう思っていた時期もあったのだ。




 それから数日後。


「ンニャニャー」


 今、私の腕の中には、三、四歳くらいの男の子がいる。


【ママ、どこ?】


と言いながら泣いている。


「ンニャニャー」


 私はこの子の言っていることが分かるが、分かることは秘密にしたい。私だって獣人扱いされたくないからだ。いくら異世界人に寛容な世界であっても、獣人に優しいとは限らない。


 たまたま仕事が休みの日に出かけた公園で、フニフニ泣いている子どもを見つけて声をかけたのが運の尽き。心細かったのかすっかり懐かれてしまった。


 ちゃんとこちらの言葉で『どうしたの』と聞いたつもりが、たどたどしく『どうしあの』としか発音できなかった。それで喋れない仲間だと思われたのか、しがみついて放してくれない。仕方がないから抱き上げてあやした。


 私は公園の真ん中にある噴水の縁に座って、子供の保護者が気づいてくれないかと待つことにした。


 グスグスと鼻を鳴らしていた男の子は、泣き疲れて眠ってしまった。どうしよう。


 一時間近く座っていたかもしれない。



「ユーリ!」


 背の高い男が叫びながら走ってきた。後ろから数人ついてくる。


 男は私から子供を乱暴に奪い取ると、


「この子をどうするつもりだ!」


と怒鳴った。はあ!? 喧嘩なら買うけど?


「どうするもにゃにも、まいごやん」


 とっさに発音できるだけの音で言い返したが、怒りのあまり、いつもよりさらに不明瞭なセリフになってしまった。


 男は馬鹿にされたと思ったのか、男の子を抱いた腕とは反対の手で、私の二の腕を掴んで立ち上がらせ、耳元に口を寄せて、


「俺がネコの獣人だと馬鹿にするのか」


と、喉から唸るように言った。


「ネオなの?」


 あああ、『ネコ』が発音できない。


「違う。祖先にはそういうやつもいたというだけだ」


 ちゃんと通じてた。勢いで行けたか。


「じゃあ、さよなら」


 付き人がたくさんいることからイヤな予感しかしなかったので、さっさと退散することにした。


「待て」

「ンニャニャー【ママ、どこ?】」


 男と子供が同時に言った。


 待つ義理はないので私は走り出した。私はもう気付いていた。この人らがあの王族だ。先祖返りでネコ科の性質が現われだしたという厄介な存在。気位も高そうだ。逃げるしかない。


 だが、俊敏なネコ族に敵うはずもなく、あっという間に捕獲されてしまった。


「待て。お前、怪しいな。誰に頼まれた。国からついてきたのか。誘拐は死刑だぞ」


 理不尽! 傍若無人! 傲慢! 人でなし! 


 ありとあらゆる罵詈雑言が頭の中を駆け巡った。


 迷子を保護したのに、うまく喋れないのに、たった一人で転移してきたのに、元の世界でも不幸のまま死んだらしいのに、変な神もどきに幸せになれって無責任に放り出されたのに、その報いがこれ!? 知らない男に濡れ衣を着せられて罵倒されて、ふざけんな!


 それらをうまく言い返せないことがもどかしくて、私の目から涙がこぼれた。


 泣くな! 自分に言い聞かせるが、こぼれた涙が感情を増幅させた。


 転移してから一度も泣いたりしなかったのに、一度堰が切れると止めようがなかった。


「うああああああああん」


 私は声を上げて泣いた。


 腕を掴む男の力が弱まった。私はグイと腕を取り戻し。腹いせのように声を大きくして泣き続けた。上を向いてサイレンのように高々と泣いているうちに、なんだか気持ちが晴れてきた。


 すぐに泣き止むには勢いがつきすぎていて、しゃくり上げるように泣き続けた。


 途中、薄目を開けて男を見ると、困り果てた顔で子供を抱えたまま突っ立っていた。もっと困れ。


 そうこうするうちに、私の泣き声に呼応して、街の猫たちが集まりだした。


【どうした、モリリン】

【ここまで泣くなんて、よっぽどのことだぞ】

【今まで泣いたことなんてなかっただろう?】

【なんか偉そうなヤツがいる】

【こいつが泣かせたのか】


 口々にニャーニャー言いながら、私と男を取り囲んだ。


 すると、男の腕の中の子供が嬉しそうに、

 

【猫がいっぱい!】


と、叫んだ。周りの人間の耳には、猫の鳴き声を真似ているように聞こえたことだろう。


「ユーリ」


 男が静かに窘めた。しょんぼりした子供は男の腕からズルリと降りて、私に抱きついた。


「なぜだ、ユーリ。お前を誘拐しようとした女だぞ」


 男はあくまでも自分の主張を曲げようとしなかった。


【ちがう、ぼく、迷子だった。泣いてたら、おねえちゃんがだっこしてくれた。リョーシャ、きらい」


 子供はニャーニャーしか言わないが、周りの人たちは猫がたくさん鳴いているから真似をしていると思ったのか、訝しむ様子はなかった。


 それから、公園で食べ物の屋台を出している人たちも、


「その子、一人で泣いている男の子をあやして抱っこしていただけだぞ」

「そうだよ、ちっとも泣き止まないから、噴水のとこで座って一時間以上待っていたんじゃないかな」

「それを誘拐と決めつけて責めるとかさあ」

「お付きがいるから偉いんだろうけど、あれはないよな」


 ひそひそと、しかし聞こえるように言ってくれた。


 男は、猫を含め大勢から非難されて気まずくなったのか、言い訳をした。


「事情を聞こうとしたらこいつが逃げようとするから」


「ふん、頭ごなしに死刑だとか言われたら、俺だって死ぬ気で逃げるわ」

「大事な跡継ぎなら目を離すなよ。守ってくれてありがとう、だろう」


 街の人たちが皆で庇ってくれた。ここは、けじめを付けなくては。


「謝って」


 私は男に言った。


「謝って。お礼も言って」


 良かった、発音できる音だけで、言いたいことが言えた。私はそれでもう満足だったので、実際に男が謝ろうが無視しようがどうでも良くなった。だから、謝るべきか葛藤する男の姿など見たくなかったので、くるりと振り返って全力で自分の住まいに向かって走った。


「ニャァン」


という男の子の声が耳に残った。【おねえちゃん】って意味だ。本当の家族の記憶もない私は、また泣きそうになった。




 翌日、寮にあの尊大な男と、目をウルウルさせた男の子が私を訪ねてきた。


 来るだろうと思っていたから驚きもしなかった。うっとうしいと思うだけだ。


「なんですか」


 つっけんどんに聞くと、取り次いでくれた寮のおばさんがハラハラと見守っているのが見えたので、応接室で話を聞くことにした。


 付き人が三人いるから、五人 対 私一人だ。分が悪すぎる。それこそ誘拐されても抵抗できない。


 私は部屋の窓を全開し、ルーク! と大声で呼んだ。


 こんなこともあろうかと、事前に猫たちと打ち合わせを済ませてあった。窓からルークをはじめ、大柄な猫たちがゾロゾロと入ってきて、部屋のあちこちに陣取った。


 ドアの向こうの廊下側にも、何匹も待機してくれているはずだ。


 相手がただの人間だったら、猫たちはここまで協力してくれなかった。今回は、猫としての誇りを傷つけられたと感じた街の猫たちが、猫族の風上にも置けぬヤツだ、と顛末を見届けてくれることになったのだ。


【場合によっては喰い殺すが構わないか】


 などとルークが物騒なことを言ったので、止めてくれと頼むと、


【モリリンだって、誘拐なら死刑だと脅されただろう?】


と、悪びれた様子もなかった。


 そんなわけで、五人 対 私一人ではなく、五人 対 私と街猫数十匹、という対立構造となった。



 ソファにはまず私が座り、向かいにユーリという男の子とリョーシャとかいう男が座った。


「それで?」


 私が促すと、ユーリが立ち上がって私の方に来て、隣にぴたりとくっついて座った。


「ニャァン【おねえちゃん】」


と言って見上げる。可愛い。


 リョーシャとかいう男は立ち上がって、ガバリと頭を下げた。


「昨日は済まなかった。ユーリがいなくなって冷静ではなかった。国から刺客が送られていると思っていたから、つい過激なことを言ってしまった」


 なんだ、謝れるのか。


「誰です?」


 本当は、あなたはどなたですか、と言いたいのだが、そんな風に喋れないから、最低限の単語で聞く。


 付き人たちがざわつくが、まだ名乗ってもいない相手に下手に出る理由はない。


「私はアレクセイ・ニコラエヴィチ。ユーリの叔父だ。訳あって祖国から離れている。この度はユーリを保護してもらったことに感謝する」


「うん」


 いや、もっと丁寧に答えたい気持ちはあるのだよ。発音できないだけで。


 よし、難しいところは早口で言い切ろう。


「わらしは、森林子もりりんこ、モリリンでいい。喋るの、にがて」


 私の発音が覚束ないことに気付いたお付きの人たちの空気が緩んだ。それまで、うちの御主人になんと不遜な態度か、みたいな顔で睨まれていたのだ。


 そう言えば、


「リョーシャ?」


 アレクセイと名乗った男を手の平で示して聞く。たしかユーリは、この男のことをそう呼んでいたと思う。


「ああ、リョーシャというのはアレクセイの愛称だ。ユーリは私の姉の子供なのだ。姉が何者かに殺されて、私はユーリを連れて逃げてきた」


 うわ、聞きたくなかったお家事情。関わりたくない。私はそれ以上の細かい話をしてくれるなという意味で、口の前に二本の人差し指でバッテンを作った。ミッフィーの口だ。


 それを見た男は破願して、


「そうか、内緒にしてくれるんだな」


と、私が止める間もなく、祖国の複雑な政治事情を流れるように語り出した。眩暈がした。


 私は中々終わらない自分語りに飽きて、ソファの背もたれに体を預け、目を瞑って聞き流した。隣でユーリが同じようにもたれかかっていて、すうすうと寝息を立てだした。安らかな寝息に誘われるように、私も少し眠ってしまった。



「というわけで、モリリンにも、一緒に来てもらえないだろうか」


 とんでもない台詞に目が覚めた。


「いや、だめ、無理、バツ、ノー」


 発音できるお断りの言葉を全部並べて言ってみる。首を振るのは危険だ。文化によってイエスが縦だったり横だったりするから、首は固定しておく。ハンドサインも誤解の元だ。さっきまさにやらかした。


「なぜだ!」


 男が驚愕している。いや、むしろ私がなぜだと聞きたい。刺客につけ回される男たちについて行くなんてありえない。傲慢なだけじゃなくて馬鹿なのかな?


 私は付き人たちの顔を見る。なんだか『すみません』と言っているように見える。よし、私は悪くない。男が非常識なだけだ。


 男の大声にユーリが目を覚まし、


「ンニャ【ママ】」


と言って抱きついてきた。とっさに、


「ノンニャ【ママじゃないよ】」


と言ってしまった。言ってしまった。しまった!!


 全員が一斉に私を見た。目を見開いている。周りの猫たちは知っているので、思い思いにくつろいだままだ。


 アレクセイが恐る恐る聞いてきた。


【喋れるのか、モリリン、猫語を】


 一応すっとぼけてみた。首を傾げて、ん? という顔をする。


【ならば尚更、同行してほしい。ユーリのためにお願いできないだろうか】


「無理。理由、ない」


【ほら、やっぱり私の言うことが分かっているんだな。できる限りの対価を払おう。頼む、この子の母親になってくれ】


 プツン。何か切れた音がした。


【十七の私に結婚もせず母親になれと? 猫髭に猫耳の男やもめの後添えになれと? 誰がなるか、ふざけんな。迷惑をかけられついでに特大の迷惑もこうむれと?】


 私はとうとう猫語を解禁して、遠慮なく捲し立てた。まだまだ言うぞ。


【今日は謝罪とお礼にいらしたと思っておりました。それ以外はおまけですよね。勝手に国の情勢を嘆かれたり、嫁の来手のない男の後妻探しをしてるだとか、私には全く関係のない話です】


【関係はあるだろう。猫語が話せるならネコ科の獣人だ。我が王家とも浅からぬ繋がりがあるはずだ。傍系であろうと重用するぞ】


【獣人じゃないです。ちょっとした手違いで猫語が第一言語になってしまっただけなんです。馬鹿女神の説明不足によってね】


【神とも話せるのか! ますます王家に必要な人材だ】


【自分に都合の良いところにだけ喰いつかないでください。お願いだから、もう帰って!】


 脳の毛細血管がずいぶん引き千切れた気がする。ああ、腹が立つ。だけど、自由に喋れるって楽しい。猫相手じゃなくて人間に。喋ってる内容は最低だが、色々吐きだしてスッキリした。


 アレクセイとやらは、女性に思い切り拒絶されることに免疫がなかったのか、驚いて固まっている。帰れと面と向かって言われたことなんてないのだろう。高貴な方だろうから。


 金色のウェーブのかかった髪がへたりとして、しょんぼり肩を下げている姿は、迷子の時の甥のユーリに少し似ていた。


【また、来】


【来なくていい】


 食い気味に断って、さっさと立ち上がった。すかさずユーリが手を繋いできて、


【おねえちゃん、僕のパパはもういないから、今はリョーシャがパパの代わり】


【つまり?】


【おねえちゃんが、ママだといいなあ】


 幼いながらに王族だ。人を操る術を心得ている。


 だがしかし、少年よ、あなたの叔父のマイナス点がひどくて、君の可愛さだけではどうにもならないのだよ。という目でユーリを見る。


【僕、お話できる人が少ないんだ】


 うっ、卑怯者め、確実に私の弱いところを突いてくる。だが、絆されることはない。甥のアシストで嫁が来ると思うなよ。


 さっきだって、私がアレクセイの義兄の後添いの話だと思っていたのに、それを訂正もしないなんて、やる気がなさすぎる。自分も王家の歯車の一つとしか見なしていないのだろうか。それも悲しい話だ。何度も言うが、私には関係のない話だけれど。


 ユーリには変な期待を持たせないようにはっきり言おう。


【私はこの国で暮らすことにやっと慣れたところなんだよ。心強い猫の知り合いもいっぱいできたし、ここを離れるつもりはないんだ。ごめんね】


 ユーリは俯いて、私の手をぎゅっと握り締めた。


【分かった。大きくなったら僕が来る。話せるようになって、お金いっぱい持って、モリリンと結婚する。待ってて】


【年齢的に待てない】


【モリリン、子供相手に正直に言い過ぎではないのか】


【子供だからって、適当にいなすのは誠実ではないです】


【そ、そうか】


【というわけで、皆さん、お引き取りくださいね。王家の力で裏から手を回そうとしたら軽蔑しますからね】



【失礼する】


 アレクセイたち一行は帰っていった。お茶の一杯も出さなかったな、と後から気付いた。




 夕食の準備に調理場に行くと、


「モリリン、モリリン、モリリン」


 すごい勢いでミアがやってきた。


「ねえ、昼間来ていたの、例の王族でしょう? ねえ、なんで公園で出会ったこと教えてくれなかったのよ。王子様、格好良かったよね」


「死ね、言われた」


 正確には、誘拐は死刑だと言われたのだが、発音がままならないから諦めた。


「モリリン、端折り過ぎ。屋台のおっちゃんから聞いたよ。迷子を保護したのに誤解されて怒鳴られてたって。誤解が解けたあと、モリリンが毅然としてて、大した度胸だって褒めてた」


「うん」


「今日は何だったの?」


「一緒、おいでって」


「ええええ!? 王族に見初められたの?」


 ミアの驚愕の声が響き渡った。


「お世話に」


「あ? あのちびっこが懐いたから?」


「うん」


「子守り要員てことか、なんだあ」


 つまりはそういうことなんだと思う。おチビのプロポーズなんて論外だし。ミアはあからさまにガッカリしたようだ。


「まあ、そうだよね。私らみたいなド庶民からお嫁さんを選んだりしないよね」


「うん」


「期待して遊ばれて捨てられるなんて最悪だもんね」


 どうやらミアも私と同じ考えのようだ。良かった、勢いに押されて夢を見なくて。庶民は庶民の夢が良い。


 私とミアは、今日もせっせと野菜の皮を剥くのだった。




  ◇    ◇



 その頃、宿に戻ったアレクセイは落ち込んでいた。


「どうしてだ。国は今、長兄の戴冠式を前にして少し緊迫しているが、そろそろ治まって、私たちも安全に帰国できそうだと説明したのに。まるで戦地に連れて行かれるみたいに拒絶されるなんて。

 おまけに、私がユーリの父親代わりであることも、ちゃんと言ったし、昨日のモリリンの一部始終が全部気に入って好きになったって告白したのに、聞いていなかったのか?」


「聞いていませんでしたねえ」


 侍従の男が言った。


「あんまり前置きが長いんで、ユーリ様と一緒に寝入っていましたよ」


 側近も続けた。


「『一緒に来てもらえないだろうか』のところで目覚めましたね」


 もう一人の側近が補足した。


「なんだと、それでは私の思いは、まるで伝わってないではないか」


「聞く気もなさそうでしたものね」


「なぜだ!」


「殿下が昨日とった態度のせいではないですか。モリリンさんの話を聞かずに誘拐だと決めつけて」


「それは悪かったと思う」


「猫たちも、みんなモリリンさんの味方でしたね。普通、殿下がいれば本能的に殿下にひれ伏すのに、この街の猫は変わってますね」


「猫に愛されるモリリン、やはり私の理想だ。兄には悪いが、私はもう少しここで粘ってみるよ」


「ダメです。王太子殿下から釘を刺されています。戴冠式には間に合うように帰還しろと。その後改めておいでになったら良いでしょう」


「他のやつに取られたら・・・」


「その時はその時です」


「私は諦めないぞ。ユーリだって、モリリンがママになってほしいよな」


【僕もモリリンと結婚したいから、リョーシャは諦めていいよ】


 そんな風に味方をなくしたアレクセイは、数日後には渋々王国に帰っていった。



  ◇   ◇



 その後私は、猫たちからアレクセイ一行が帰国したと聞いた。


 なんだ、やっぱり、その場の勢いで言っただけだったんだ。人間相手に猫語で存分に喋ったのは気持ち良かったが、もうあれっきりかあ、と思うと一抹の寂しさを覚えた。


【だけどモリリン、あいつ結構しつこそうだったから、兄の戴冠式が終わったら、また来るんじゃないか】


 ルークからは、私が居眠りしていた間のアレクセイの話の内容を聞いた。


【とにかく真剣に口説いていたぞ。相手が聞いていないことにも気付かないほど熱心にな】


 私は眠ってしまったことを後悔した。そして容赦なく断ってしまったことに罪悪感を覚えた。


 アレクセイがもう一度やってきて、もう一度やり直してくれたら、今度こそ話を聞こうと私は思った。




読んでいただき、ありがとうございました。

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ユーリ頑張ってw駄目だったら生まれてくる娘狙いで
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