記者会見/アメリカの弱さ
イーストルームに入った瞬間、
アッシュ・タイムフィールドは光の海に包まれた。
記者たちのざわめきが波のように押し寄せる。
だが、大統領の足取りは静かで落ち着いていた。
――情報は、最小限に。
――国民を守るためには、真実を抑えねばならない。
アッシュの内心に、合理の刃が静かに光る。
壇上の前に立つと、
ホワイトハウスの国章が背後で大きく映えた。
「国民の皆さん」
マイクがその声を柔らかく拡散する。
部屋は一瞬で静寂に変わった。
「昨夜、午後10時27分。
我々は、広域にわたる通信障害に見舞われました」
――正確には地球そのものから孤立した。
――だが、その言葉を口にするのは何週間も早い。
「国際回線の多くが停止し、衛星通信にも広範囲の影響が出ています。
政府は夜通しで状況を確認し、対応を進めています」
――本当は衛星の壊滅だ。
――だが国民にそれを伝えれば、混乱は爆発する。
「まず、国民生活における安全は保たれています。
電力、水道、交通、通信の基幹部分は機能を維持しています」
――実際は、脆弱だ。
――それでも今ここで弱さを見せることは許されない。
「軍も完全に作戦行動が可能であり、
防衛体制は万全に整えられています」
――外部文明がこちらを見ているかもしれない。
――弱さを一言でも出せば、それは自国への『招待状』になる。
「この状況は、決して恐れるべきものではありません。
我々の政府機関は機能し、
国民の皆さんの生活を守るために最善を尽くしています」
――真実はまだ言えない。
――言ってはならない。
(あの空中に浮かぶ影。
あの巨大な影が森を押しつぶしながら動いていた光景。
レーダー照射。
大陸の位置が変わった地図……)
本当の危機は、理解不能さだ。
理解できないものに人間は恐怖する。
そして国家は、恐怖した国民では維持できない。
アッシュはそれを誰より理解していた。
(国は、真実では生き残れないことがある。
今必要なのは、安定した物語だ。
国民は真実より安心を求める。
安心が秩序を支える。
秩序があれば、我々は立て直せる)
「我々は、この国を守り続けます。
状況は精査中であり、皆さんに必要な情報は必ずお伝えします。
しかし、いま大切なのは――
誤情報に惑わされず、落ち着いて行動することです」
――真実は後でいい。
――国家が壊れていなければ、説明の機会はいくらでもある。
「アメリカは、どんな困難にも立ち向かってきました。
そして今回も、必ず乗り越えます。
””全てが終わったら包み隠さずお話します。””
皆さんの冷静さと団結が、我々の力です」
「――神が、我々の国を導かんことを」
アッシュは一礼した。
会場は、爆発しそうな沈黙に包まれた後、
一斉に割れた。
「大統領! 原因は何ですか!?」
「外国勢力の可能性は!?」
「地図が狂っているという話は本当ですか!?」
「空軍は異常反応を確認しているのでは!?」
SPが前に出て制止する。
報道官が「本日はここまでです!」と声を張り上げる。
だがアッシュは、振り返らない。
壇上から去る後ろ姿には、迷いがなかった。
会場は、爆発しそうな沈黙に包まれた後、
一斉に割れた。
「大統領! 原因は何ですか!?」
「外国勢力の可能性は!?」
「地図が狂っているという話は本当ですか!?」
「空軍は異常反応を確認しているのでは!?」
SPが前に出て制止する。
報道官が「本日はここまでです!」と声を張り上げる。
だがアッシュは、振り返らない。
壇上から去る後ろ姿には、迷いがなかった。
* *
会見を終え、控室へ戻ったアッシュは、
扉が閉まる音を聞いた瞬間に、
ようやく深く息を吐いた。
――国民は落ち着くだろうか。
――否。落ち着かせなければならない。
(人は、未知に立ち向かうとき――
勝てると思い込めなければ団結しない)
この自明の心理学を、
彼は政治家になる前から知っていた。
人類は、恐怖だけでは団結しない。
恐怖は逃避を生み、逃避は崩壊を招く。
団結の鍵は、
「我々は対抗できる」という幻想の共有 だ。
(幻想こそが国家を救う。
それが真実である必要はない。
国民が信じ、行動の軸にできるかどうかがすべてだ)
アッシュは椅子に腰掛け、
指先を静かに合わせた。
(未知に対抗するためには三つ必要だ。
ひとつ、対抗可能だという認知。
ひとつ、共通の敵認識。
ひとつ、国家としての団結力……)
ここまで考えたところで、
彼の表情にごく薄い影が差した。
(……アメリカは、その団結力に致命的な弱さがある)
事実だった。
アメリカ合衆国は日本とも違い、
第二次世界大戦のドイツとも違う。
単一民族ではない。
単一宗教ではない。
単一文化でもない。
国家の「まとまり」は、
歴史的に見ても砂上の城のような不安定さを抱えている。
人種、宗教、思想、州の利害――
何かの拍子に分断が顕在化すれば、
この国はすぐに国家の形を維持できなくなる。
(アメリカは同質性の結束がない。
あるのは理念の結束だけだ。
そして恐ろしいことに……
理念は、危機の前にはすぐに揺らぐ)
合理王は目を閉じた。
(だからこそ……
真実を伝えるという選択肢は、今は取れない)
本当のこと――
大陸が消えたことも、
世界が変わったことも、
未知の文明の影も、
空中に浮かぶ都市らしきものも、
1km級の動く影も。
すべてを国民に知らせれば、
この国は一晩で二つに割れる。
いや――三つ、四つに割れるだろう。
移民系コミュニティ、
麻薬マフィア、
民兵組織、陰謀論者……。
(単一性を欠く国家は、揺らぎに最も弱い)
(だから私は――
合理で、この国を一つにする)
アッシュは静かに目を開けた。
合理とは、冷酷さではない。
国家を壊さないための最適解だ。
(対抗できると思わせる。
団結できると感じさせる。
アメリカは安全だと信じさせる。
真実は……国家が耐えられるまで封印する)
その決意こそ、
彼が彼である所以だった。
SPが控室の扉をノックした。
「大統領、次の会議の準備が整いました」
「行こう」
彼は立ち上がった。
国家の分断を防ぐために。
未知の脅威に立ち向かうために。
そして――
この世界でアメリカを生かすために。
合理王は歩き出した。




