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06 食事


 * * *


 城の中ではアエラスの他にも精霊の少年は何人か姿を見た。いずれも風の精霊だそうで、セフィドリーフは風を司っているという。

 風の魔法によって城内の掃除は行き届き、どこも清潔でいつでも空気は清浄だった。

 イリスがあてがわれた客室は大変立派なものだった。実家の伯爵邸も狭くはないが、やはり城とは比べものにならない。


 初日に想像した通り、どころか、想像以上にイリスの生活は快適なものとなった。

 食事は美味しいし精霊達は優しい。部屋の寝具の寝心地も最高である。唯一困ったことと言えば仕事がないことくらいだろう。精霊達は珍しい客人を喜んでもてなそうとするが、イリスは客のつもりはない。ここに働きに来たのだ。


「よし、掃除をしよう。汚れてないけど」


 あちこち磨いて回ることにした。そんなことしなくてもいいのに、と精霊達やセフィドリーフも言うが何もしないでいては手持ちぶさたであるし申し訳ない。


「貴族が掃除するなんて聞いたことないよ……」


 怠そうに壁にもたれながら、セフィドリーフは壁を磨くイリスを眺めている。


「私は屋敷でも使用人の住む棟にいたので、よく掃除をしていたんですよ。掃除道具の使い方や、コツも教わりました」


 するとセフィドリーフは哀れむように目を細めた。


「何で君の親はそう、君を虐待したんだ?」

「虐待と言うのは大袈裟かと……。母上は私のことが気に入らなくて、昔は何かと癇癪を起こしたんです。いなければいないで騒ぎ立てましたし、最初は離れにこもっていたんですけど退屈で、使用人達に頼んでそこに住まわせてもらったんですよ」

「酷い母親。憎いだろう、そんな女」

「いいえ。母上は私との接し方がわからなかったんだと思います。悲しいとは思いましたけど、母上も悩んでいる様子でしたから、気の毒ですよ」


 腕まくりをして布切れを握る、少年のような青年であるイリスをセフィドリーフはしばし呆れた目つきで見つめていた。

 イリスもにっこり微笑みながら見つめ返す。セフィドリーフは四六時中、全身くまなく美しいからどれだけ見ていても飽きない。


「……お人好しだな。一つ忠告しておくけど、お人好しって損ばかりするんだよ。気をつけな」

「はい! ご助言ありがとうございます!」


 ため息をもらすとセフィドリーフは背を向けて去って行く。掃除をやめろと再三注意してもやめないので、好きにさせるようにしたらしい。

 ちなみに城内でのイリスは身軽な服装をしており、甲冑は初日以降身につけていない。部屋の片隅に飾られて輝いている。そちらの手入れも一応、怠っていなかったが、再び身につける機会があるかは謎だった。何せ非力で、一人では装着する自信がない。


 ここへ来てから十日になる。

 夕餉の時間になり、イリスは食堂に向かった。食事はいつも一人である。アエラスが用意してくれるものを食べていたが、そろそろ自分でも調理させてくれないかと頼んでみようかと考えていた。

 イリスもアエラス同様、料理が好きなのだ。屋敷ではそれほど頻繁でもないが、厨房で料理をしたことがある。


「にしても、いつも思うけど見たことがないキノコだなぁ」


 独り言を呟くと、アエラスがそばに出現する。


「地上と似たものもあるけど、山の動植物は君達から見たら変わったものばかりだと思うよ。セフィドリーフ様の許可が出たら、今度散策しておいでよ。楽しいよ」

「そうしてみようかなぁ」


 楽しみで口元が綻ぶが、同時に少々の罪悪感も覚えた。

 そう。イリスは遊びに来たわけではないのである。あくまでも立場は聖獣の守護騎士。聖獣を守る任を負ってここに派遣された。つまり、セフィドリーフのために働くのだ。


 今のところ、何一つ彼の役には立っていない。というか、保護してもらっているような立場である。やはり自分の食事は自分で用意しよう。

 そんなことを考えていたイリスは、ふとあることを思い出した。


「聖獣様は食事をするって言ってたけど、セフィドリーフ様が食べているところは見たことがないな」


 自室で食事をとる習慣なのだろうか。

 するとアエラスがあっけらかんと言った。


「リィ様はお食べにならないよ。だから君が目撃してなくて当然だろうね」

「食べなくても平気なんだ」

「平気じゃないよ。聖獣は僕らと違ってしっかりとした実体を持っているから、栄養を摂らなくちゃいけないんだよ」

「でも、食べないって言わなかった?」

「そうだよ。だからもの凄く弱ってるんだよ。僕達は食べさせたいんだけど、まあ、ちょっとね……。あの方はとても強いけど、何百年も絶食しているせいでその力は全盛期の半分以下になっちゃってるだろうね」

「な、何百年?!」


 途方もない年月食事を絶っていると聞けば、イリスもつい大声をあげてしまう。

 忘れていたが聖獣は太古の昔から生きている。具体的な年齢などは考えたことがなかったが、数百歳、いや、ひょっとすると数千歳なのかもしれない。

 アエラスによると、セフィドリーフも元々何も口にしなかったわけではなく、昔はごく普通に食事をとっていたそうだ。


「でもそれはどうして……何か誓いを立てているとか、なの?」


 アエラスは首を横に振る。特に表情を暗くしているわけではなかったが、瞳からはいつもの快活とした光は消えている。


「いくつかきっかけがあってね。食事が受けつけなくなっちゃったんだな。食べても戻しちゃってさ。それからはうんざりしたらしくて、何も食べなくなっちゃったよ」


 セフィドリーフの姿を思い出す。

 初対面の時、彼は寝台に横たわっていた。その気怠そうな様子をよく覚えている。部屋に引きこもっていることが多く、歩く際はしんどそうに足を運んでいることが多かった。

 まあ、そういう人(人という言葉を当てはめるのは適切ではないかもしれないが、一応人の姿をしている)なのかと思い込んでいたが、あれは弱っていたからなのかもしれない。


「それはマズいよ。どうにかしないと」


 そう訴えるも、アエラスは肩をすくめるだけだ。どことなく、無理強いはしたくないという雰囲気である。しかし不安が募るイリスは、どうしてアエラスがそんな態度をとるのかまで考えが及ばなかった。


「セフィドリーフ様が餓死してしまったら大変じゃないか」

「そうそう死なないんだよ、聖獣は。このまま食べなくても千年はもつよ」

「そうだとしても……」


 つらいのではないだろうか。

 イリスは食事をするのが好きだ。空腹が満たされた時、美味しいものを食べた時、心からほっとして幸せな気持ちになる。


 空腹は苦痛だ。

 病で寝込んでいる時は空腹でも食べ物を受け付けない時がある。体に力が入らなくて、あのしんどさはあまり経験したいものではない。

 イリスは食事を終えて空になった自分の皿をしばしの間眺めていた。


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