04 精霊の少年
* * *
「みんなして、私を馬鹿にしてるんだろうな」
セフィドリーフは寝台に寝転がる。
気を抜くと、隠していた白い尾がふわりと出現するが構わなかった。
いらないと何度言っても守護騎士を寄越すと神殿側は言い張った。それで人との繋がりを保とうとする目的が見え見えで、セフィドリーフとしてはうんざりだった。
何でも無理矢理選ばれた貴族の一人が守護騎士としてやって来るというから、一応は話を聞いてやろうと待っていたのだが。
(どう見たって子供だよ、あの子は)
あれではこっちがお守りしなくてはならないだろう。どいつもこいつも何を考えているのだか。
『あの子、面白いですねぇ』
アエラスが笑う声がする。
何が面白いのだかセフィドリーフにはさっぱりだ。
『僕は人の子に化けて山を下り、事前に守護騎士の情報を集めたんですけどね、リィ様』
「またお前は勝手なことをしたのか。というか、知ってたなら何故私に先に言わないんだ?」
『だって、興味がない、の一点張りでしたからね! あのイリス・トリーヴェルダって子は風変わりでしょう? 家族から嫌われてるらしいですよ。ほとんど同じ食卓についたこともないって噂ですからね。追い返されても帰る場所なんてないのでは?』
だから何だというのだろう。お守りをする義理はないはずだ。
セフィドリーフは耳をすませた。先ほどまで扉の前でわめいてねばっていたが、いつの間にか静かになっている。
出て行ったのだろうか?
それならそれで結構だ。たとえ来たのがあんなひ弱な子供じゃなくて屈強な男だったとしても、初めから追い返すつもりでいた。
セフィドリーフは身を起こすと、歩いていって扉を開けて廊下の様子を確認した。
すると、見覚えのある白銀の甲冑が目に入る。
「…………」
しかし、それは抜け殻だった。
まだどこか声変わりしきっていない、少年時代を引きずっている風変わりな青年の姿はない。
セフィドリーフの隣に、白い詰め襟の服を着た少年が姿を現した。精霊のアエラスだ。アエラスは廊下の窓の方に歩み寄って、外を指さす。
「あそこですよ、リィ様」
見ると、建物の外にイリスが立っている。腰に帯びた剣の柄に手をかけて、遠くを見つめていた。ここから見る限り、特に落ち込んだ顔つきでもないようだ。
セフィドリーフは肩をすくめて、寝室へと戻った。
とにかくあの子はさっさと帰った方がいい。人間嫌いの自分が、人間に守ってもらうなど考えられない。第一、神殿にも再三説明しているが、セフィドリーフよりも強い者などそういないのだ。形ばかりの守護騎士など馬鹿げている。
そんなものは要らない。誰かに守られる必要などない。
そして、セフィドリーフはもう誰も守らない。
「この山は本当に静かで、美しいな」
身軽になったイリスは、感嘆のため息をもらしながら遠くに連なる山々に目をやった。
どこを見ても景色は幻想的で、空気は地上より清浄だ。さすがに聖なる山と言われることはある。
「そうでしょう、いいところだよね」
突然話しかけられて、イリスはまばたきした。振り向くと、十二歳かそこらの見知らぬ少年がこちらを見上げてニコニコしている。
先ほどセフィドリーフのところで耳にしたのと同じ声であるようだった。確か彼は、アエラス、と呼びかけていた。
「精霊を見るのは初めて?」
見た目は普通の少年と変わらないが、雰囲気は確かに浮き世離れしたところがある。
「はい、初めてです。あなたはアエラス様?」
「様なんてやめてほしいな。かしこまられると、距離をとられてるように感じるんだ。もっと親しげに話しかけてくれないと、僕のこと嫌いなのかと思っちゃうよ」
「えっ、はい。いや……、うん。あなた……君は精霊なんだね。私は精霊って初めて見るんだ。会えて光栄だよ」
「僕達は君のこと、前からちょっと知ってたけどね。精霊の欠片によく話しかけてたじゃない? そういう情報が前から入っててさ。変わった子がいるって」
精霊から見ても自分は奇人変人の部類に入っていたと聞かされるとイリスも苦笑してしまう。
アエラスのようにしっかりとした姿と意思を持つ精霊は、精霊の欠片から情報を得ることができるらしい。
「それで君は、追い出されたわけだけど、このまま帰るの?」
問われたイリスはそれに答えず、別の質問をした。
「セフィドリーフ様は私のことがお嫌いなのかな」
「うーん。セフィドリーフ様は人間がみんな嫌いみたいだよ」
「そうか……」
イリスはアエラスから視線を外し、また遠くに連なる峰々をぼんやりと眺めた。
セフィドリーフは眠ることもなく、寝台に長い間横たわっていた。何か考え事をしているわけでもなかった。
気づけば日は暮れていて、室内も暗くなっている。最近はこうして何をするでもなくぼうっとしていることが増えた。
ため息をついて寝返りを打ち、ふと先ほどの出来事を思い出す。
(もう帰ったかな……)
身を起こすと部屋を出て、廊下から外の様子をのぞく。すると昼間に見た場所と全く同じところに、同じ人影があった。
どうもセフィドリーフが寝ている間ずっと、あそこでああして立っていたらしい。
セフィドリーフは額を押さえた。