5話 出会い編 最終話
すっかり日が暮れて、北風が黄色いイチョウの落葉を飛ばした。
大通りから逸れた、住宅街の入り口に位置する植物園。閉じられた入場門の前には誰もいなかった。
従業員用の出入り口は正反対なので、帰宅するスタッフに会うことは無い。
「うう、寒い」
スマホを取り出し、Instagramをひらいた。
koki_cis_officialではじまるアカウント。
昼間のワイドショーに出ていたアイドルのものだ。アイコンの写真は、カメラを構えて笑顔を見せている。
問題は、そのイケメンっぷりではなく、見覚えのある一眼レフカメラだ。
数時間前に投稿された写真は、四季折々の草木に花。そしてクジャク。この顔は、間違いなくうちの植物園のマスコット的な存在、白クジャクだ。
背景をぼかして花や葉を際立たせ、優しさや柔らかな雰囲気の写真が多い。
なぜ、この植物園と思われる写真が、人気アイドルのインスタに投稿されているのか?
18:15、誰も来ない。
「よし、帰ろう」
そう思い、バス停まで歩きだしたとき、1台の車が前からやって来た。ヘッドライトがまぶしい。
すぐ横で車が止まった。
「ごめん!遅れて!」
運転席の窓が開き、声がかけられる。
初めて私が彼を見下ろす形となった。
昼間に会った時と違って、マスクをしていなかった。薄暗い中だと、表情まではよく見えない。見えない、けど。
「乗らない?」
「え、でも」
ハザードランプが点滅する。カチカチという音だけが響いた。
「大丈夫だよ、変なところに連れてったりしないから」
彼は笑いながら、メガネを外した。ああ、予感は的中。確信に変わる。
「あの、dulcis〈ドゥルキス〉のコウキさん……ですよね?」
「そうだけど、あれ?今さら?ずっと気づいてると思ってたけど」
「すみません、まったく気づかなくて」
今初めて認識しました。
「あはは、まだまだ知名度が足りないってことだよね。これでも、CDもそこそこ売れてるんだけどな」
「ニュース見ました。国宝級イケメンの1位、おめでとうございます」
なんだか、変な会話だけど、まぁいいか。
「ありがとう。ところで、乗る?乗らない?」
「いや、あ、嫌という意味ではなくて、その、なんででしょうか?」
「国宝級イケメンだって、普通の男だよ?ファンには申し訳ないけど、自分の人生も大事にしたいってこと。初めて仕事を断ってまで来たんだけど」
仕事を断る?もしかしたら、さっきの女性が仕事関係の人だったのかもしれない。
「あれ?全然、響いてない感じ?」
「え?」
「口説きに来たんだけど」
クシュンッ!
タイミング悪くくしゃみが出てしまった。12月の冬の夜、やっぱり寒い。
「えっと、なんて?」
「いいね、そういうところも」
あ、笑ったところは、初めて見た。国宝級イケメンの素の笑顔は、やばくないか?
『彼』あらため『コウキ』は車から降りると、いつものように私を見下ろした。
「寒い中、待たせてごめんね」
マフラーを首にかけられた。ふわりと、金木犀の香りがする。毎週火曜日にだけ感じることができる、香水の香りだった。
「ずっと聞きたかったんですよね。この香水、どこのかなって」
「唐突な質問だね」
「あ、すみません」
「さっきから謝ってばっかりだね。いらないよ、すみませんは」
「あ、すみません。いや、すみません、あ!」
まずい、急にドキドキしてきた。
よく考えて、今の状況はすごいことだよね?平凡な毎日が音を立てて変わっていく。
あっという間の変化は待ってはくれない。心の準備なんてない。
「香水のことも、新しい園内マップの感想も、俺は色々な話をしたいから来たんだ。もし、独りよがりな気持ちじゃないなら、続きは寒い外より、暖かい場所がいいな」
頬を両手で包まれる。
「ほら、ほっぺが冷たい」
いえ、あっという間に熱くなりそうですが。
「あ、でもその前に聞いておかなきゃ」
コウキは真面目な顔で聞いた。
「彼氏いる?まぁ、いたとしても、奪う自信はあるけどね」
お読みいただきありがとうございました(_ _)
この先は、コウキと美咲の恋愛がようやくはじまります。イケメンなのに嫉妬深いコウキの素顔も出していきますので、投稿したらぜひお読みください。
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