4話 地図があっても迷子になる
本当に、彼は来るのだろうか。呼び出された理由をいくつか考える。
1.からかわれている→ありそう
2.迷惑系ユーチューバーの悪質ドッキリ→どうかな
3.詐欺もしくは何らかの勧誘→だとしたら逃げよう
4.植物園に関する質問がある→真面目か
こんなものだろうか。最後に入れるなら、もしかしてもしかすると、大変おこがましいけれど、
5.くどかれる→告白的な?
いやね、まさか。素顔はたいして見えてないけど、絶対イケメンだし。話したことも数回なのに、ありえない。
「あはは、ないない」
入退場するお客さんもいないので、独り言が多くなる。本社に行ってまで、そのクセが出たら、あっという間に変人と認定されてしまう。気を付けないと。
でも、もしかしたらと、脈が早まるのは、女心でご愛敬か。
週末に買ったばかりの、ニットとコートを着てきたことを褒めてあげたい。
時計は16時を過ぎていた。
前々から、冬は閉演時間を1時間繰り上げ、代わりに夏は1時間ん延長する案があるが、私の勤務中には変化はなかった。
新卒で入社して約3年。唯一の変化があの案内マップということか。
そのとき、ものすごい勢いで走ってくる女性がいた。
濃紺の細身のパンツスーツ、アップにした髪、パンプス。いわゆるキャリウーマン風で、ここの来場者にはまずいないタイプ。
「あ!ちょっと、お客様‼」
身体全体で引き留める。文字通り突進してきて、入場料を支払わず、通り過ぎる人はまずいない。
「ここ、有料です!」
「あ!ああ、ごめんなさい、急いでいて。おいくら?」
「300円です。でも、17時閉園ですが」
「いいのよ、長居はしないから」
そういって、スーツのポケットからスマホを取り出したので、
「現金払いでお願いします」
受付横の『コード払い、IC系カード、クレジットーカードのご利用はできません』と書かれたPOPを指さした。
女性は眉をしかめる。
「いまどき現金のみって……」
心の声が駄々漏れです、お客様。
確かに、時代に合わせて変えてほしい。
本社でも現場の状況をしっかり伝えよう。ここでお世話になった方への恩返しだ。
「やだ、財布、車に置いてきちゃったわ」
「何か、お困りごとですか?」
「そうなの。じゃあ、ちょっとお聞きしたいのだけど、若いお嬢さんだから、その、気づいてるわよね?来ているかしら、彼」
「はい?」
「だから、よく来てるでしょ?その、こう、身長が高くて」
私たち以外には誰もいないのに、声を潜めて尋ねる。
「すごくかっこいい、カメラを持った男が」
かっこいいカメラ?違う、かっこいい男っていう意味か。
「ああ、もしかして」
やっぱり!と、女性の目が光る。
「今いるかしら?急用なんだけど、連絡がつかなくて困ってるのよ」
「お昼にはいらっしゃいましたが、だいぶ前に帰られましたよ」
「そう、邪魔したわね。ありがとう」
よくわからないけど、これでお帰りになられるかな?と思ったら、
「ねぇ、dulcis〈ドゥルキス〉のコウキが来ていることは、内緒にしてね。彼の憩いの場だから」
そうして、ヒールの足音を響かせて去って行った。台風一過みたいな人だった。
後でまた来るかもしれない、ということを伝えてあげればよかった。
いや、来るかわからないし、それにーー。
ん?最後になんて言った?