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3話 地図が新たな道を拓く

12月になり、秋から冬へと季節は変わった。


あれからも、彼はいつも通り毎週火曜日に来て、園内マップは受け取らず、1時間ほど滞在して帰って行く。


会話は、あれきり無かった。



『次の話題です。年末恒例、女性雑誌RiRi調べ、国宝級イケメンのランキングが発表されました。5位から見てみましょう』



休憩室には、お昼のワイドショーの音が響いていた。


 

『ただいま人気急上昇のアイドルグループ、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバー、コウキさんが初めて1位を獲得しました。お祝いのコメントが入っています』



隣にいたパートのおばちゃんが話をしている。



「最近よく見るわね、この子達」


「うちの孫が好きでね、ファンクラブにはいってるわ」


「あら、まだ中学生でしょう?」


「若いっていいわよね、行動力があって」



ここは年齢層の高い職場なので、テレビの音量がいつも大きい。イヤホンを付けて聞いている、スマホ動画の音を超えてくる。



私は、J-popよりK-pop派だけどね。心の中でおばちゃん達の会話に参加してみる。



食べ終わったお弁当箱をしまい、外のベンチで時間をつぶそうと席を立つ。


ここは植物園。のんびり過ごすためのベンチは山ほどあるのだから。



 

 ◆◆◆




休憩から戻ると、持ち場には園長がいた。売店の鈴木さんはいないので、園長自ら現場仕事をしていたらしい。


まぁ、たいした来場者はいないけれど。



「サクラちゃん、おつかれさま」



50代の人が良さそうな、白髪混じりのぽっちゃりした男性。近隣の保育児からは、ジャムおじ長と呼ばれている。


事務所には園児からのお手紙や絵がたくさん飾られている。



「新しい園内マップを見せに来たよ。まだ初稿だけど、裏面はほぼサクラちゃんの提案通り」



A4サイズの印刷物を渡される。



「わぁ!嬉しいです!ありがとうございます」


「もっと色々アイデアもらって、集客アップを目指して欲しかったなぁ」



残念だなぁ、と神妙な顔。



「え?私、クビですか?」



勤務中の喫煙は佐藤さんですよ!と、思わず告げ口しそうになる。



「あはは。違うよ、本社勤務への異動だよ。人事から連絡が入ってね、この前出した企画部の社内公募、受かったよ。おめでとう」


「えぇ!」


「良かったね、正式な異動は来期からだけど、引き継ぎがあるから、年明けから来て欲しいって。こっちの後任や引き継ぎは何にも決まってないのにね、ひどいよねぇ」


「あ、なんか、スミマセン」


「まぁ、なんとかなるよ。佐藤さんは、泣いちゃうかもね。孫みたいに可愛いって言ってたから」



そう言うと、園長は去っていった。



植物園の運営会社は、新宿に本社がある。

新卒で入社した後、現場を経験させてからという方針で植物園に配属された。通日は半年程度で異動となるが、人手不足から3年が経った。


ここでは、面倒見の良い大人に囲まれ、恵まれた環境だったが、やはり希望する仕事がしたいと、異動願いを出していた。


ようやく本社勤務。しかも、施設のイベント企画する希望通りの部署に異動できらなんて。



「あれ、園内マップ変わった?」



ハッと顔を上げると、いつもの彼が私を見下ろしていた。



ブランドロゴが大きく書かれたニット帽、黒ぶちメガネ、チェックのオーバーシャツ、コーデュロイのパンツ姿。


メンズ雑誌の秋冬トレンド特集、ページからそのまま抜け出したみたい。



私が休憩中に入園し、ちょうど見終わって帰るところらしい。



「年明けから配布予定なんですよ」


「見てもいい?」


「どうぞ」



彼は興味深そうにマップを見ていた。



「庭師が伝える、季節と天気別おすすめポイント」


口に出して読まれた。自分で考えた内容だけど、ちょっと恥ずかしい。



「この前。指摘されたあとに反省したんです。ここの良さを知ってもらって、もっとたくさん利用してもらうことが私の仕事だよね、って、」



新しいマップには、お年寄り向けアップダウンの少ないコース、親子連れ向けにクジャクのお昼寝スポットなどを追記した。



「いいんじゃない」



あ、はじめて目があったかも。



メガネの奥で目が笑っていた。マスクの下では、口元も笑っているのだろうか。そうだといいな。



「12月は仕事が忙しくて、次に来るときは新しいマップに変わっているのかな」


「はい。あ、でも……」


「でも?」



言う必要はないだろうか。だから何?って思われるかもしれないけれど、



「私、本社に異動するので、お会いできるのは最後かもしれません。だから、その……。変わるきっかけを、ありがとうございました」



妙な間があった。



「あのさ、今夜、少し時間ない?」


「え?」


「仕事は何時に終わる」


「18時過ぎ…かな」



閉園後は、日報作成、来場者の集計や手書きのアンケート入力、備品発注がある。月初はスタッフの勤怠関係や請求書処理など、パソコンが苦手な社員が多いため、事務仕事は多い。



「じゃあ、その時間に来るから」


「え、な、なんで?」


「いや、なんでって……。言わなくても察してよ。嫌でなければ来て、待ってるから」



言うが早いか、彼はそのまま帰ってしまった。



配布前の園内マップを持ったまま、だ。

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