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4話:訓練学校Ⅳ

 そして翌日、俺は訓練場の中央に立っていた。

 普段の訓練と違い、今日はやけに野次が多い。周囲には訓練生たちが集まってきて、みんなざわざわと落ち着きがない。


「今日の模擬戦、なんかすごい相手らしいぞ」

「どんな教官なんだろうな」

「アルクス相手なら、そりゃあ有名人が来るよな」


 やめろ。その期待の眼差し、やめてくれ。平穏に生きたいだけなんだ、俺は。

 俺が装備を整えていると、中央に教官が現れ、静かに口を開いた。


「本日の模擬戦の相手を紹介する。王国軍第三師団参謀長、リゼロット=ヴァルキア殿だ」


 ……詰んだ。

 あの冷気をまとった銀髪碧眼の美人教官が、俺の前に現れる。

 剣術に長け、氷魔法を自在に操り、帝国でも屈指の戦術家として知られる人物。そのリゼロットが、模擬戦の相手。


「君が噂に聞く天才教官キラーのアルクス訓練生ね。上層部でも有名人よ。今日は、あなたの実力を確認させてもらうわ」


 俺、上層部で有名人なのかよ。てか、上層部でも天才教官キラーで定着しているのね。


「……全力でお手柔らかにお願いします」

「ふふ、全力で厳しくいくつもりよ?」


 開始の合図と同時に、彼女は踏み込んだ。

 一歩。たったそれだけで、空気が張りつめる。

 彼女の手に生まれたのは、氷の剣。無詠唱。そして、剣戟と同時に氷の魔弾が射出される。

 剣技と魔法の同時展開――まさに教本通りの連携、いや、それ以上。


「お見事ですけど、ちょっと容赦なさすぎません?」


 俺は軽く身を捻り、剣を受け流しながら魔弾を風の障壁で散らす。戦いながら、最小限の動きで反応していく。

 本気は出してない。出せば、勝ててしまうから。これは模擬戦だ。俺はあくまで、訓練生という立場。

 だから、二割程度の力しか出していない。反応もぎりぎりのラインで抑える。これ以上は、間違いなく目立つ。


「いい反応。けれど、もっと本気を出せるでしょう?」


 リゼロット教官が笑う。そのまま距離を詰めて、足元に氷を展開。滑らせた一瞬の隙を狙って、切っ先が喉元へ――だが、届かない。


 俺はわずかに身体を引き、彼女の剣の動きを読み切る。風を足元に巻いて、滑る勢いを利用して回避――そして、間合いの外へ。


「惜しいですね。もうちょっとで、当たったかも」

「本気を隠すのが、そんなに楽しい?」


 その言葉には、少しだけ苛立ちと――興味が混じっていた。


「楽しいっていうか……平穏が好きなんですよ、俺」

「ふふ。では、あなたの平穏がどれほど保てるか、試してあげる」


 リゼロット教官の周囲に、無数の氷の剣が浮かぶ。多重展開、精度、速度――どれも一級品。

 だけど。

 その全てを見切り、動きを封じ、無力化する手段――俺なら、もう浮かんでる。

 だがやらない。それをやったら、俺の道はエリートコースに変わってしまう。

 だから、ほんの少しだけ攻防を続けたあと、俺は剣先を止めて言った。


「教官、そろそろ……勝敗は、いいんじゃないですか?」


 リゼロット教官は、俺をじっと見つめてから――剣を収めた。


「そうね。今日はここまでにしましょう。あなたが何を隠しているかは、だいたい理解できたわ」


 どんなに隠しても、実力を隠しているのはバレていそうだ。


「それ、今後も黙っててくれるとありがたいんですが……」

「検討するわ。でも、あなたが望む平穏が得られるかどうかは――あなた次第よ」


 その言葉を最後に、リゼロット教官は観客たちの前を悠然と通り過ぎ、去っていった。  

 残された俺には、訓練生たちの好奇と称賛と疑惑の視線が集中するだけ。


「……あーあ。今日もまた、地味ライフから一歩遠ざかったな」


 俺は溜め息をつきながら、訓練場を後にした。

 訓練場を出て、裏の林を抜けたあたりで、俺は木の根に腰を下ろした。


 今日の模擬戦――正直、今までで一番まずかった。

 リゼロット教官の眼は本物だ。あの人に睨まれた時点で、隠し通すのはもう難しい。下手すりゃ、来週には「指導補佐」とか言って兵站部に回されかねない。俺の感だが、あの人、そういう引き上げ方がうまいタイプだと見た。


「……詰みか?」


 俺は空を見上げながら、独り言を漏らす。

 隠して、避けて、やり過ごす。それでなんとか平穏を守ってきたけど……もう無理がある。

 次は絶対に誰かが、俺をもっと面倒な舞台に引っ張り出してくる。帝国から亡命した意味が、いよいよ無くなってきてる。

 だったら――だったらもう。


「成り上がるか。堂々と」


 俺の中に、静かに芽生えたその考えは、意外とすんなり馴染んだ。


 成り上がる。


 地味に生きることがもう不可能なら、その逆を行って、堂々と後方に座る。名誉も責任も適度に背負って、最終的には戦場の遥か後ろ、快適な作戦司令室でお茶でも飲みながら「出撃、よろしく」って言うポジション。


 理想じゃね?


「俺が動かなくても勝てる戦場を作って、俺は動かない。……うん、悪くない」


 そのためには、まず実力をちゃんと見せるべきか。それも、無駄に目立つ派手さじゃなく、周囲が納得して「上に上げるしかない」と思わせる、理詰めの成果。


「やるなら、緻密に、確実に――『自然に浮かび上がる』路線で行こう」


 気づけば、思考は完全に戦略立案モードに入っていた。目立たないという目標が、「目立たずに成り上がる」に変わるだけで、こんなにも前向きになるとは。

 ……まったく、俺も変わったな。


「アルクス!」


 呼び声に顔を上げると、ミナがこっちに駆けてくるのが見えた。その後ろには、のんびり歩くライナスの姿も。


「すっごいじゃん! あのリゼロット教官と模擬戦とか、しかも無傷って! もう周りがザワザワしてるよ!」

「やめて。そういう話、耳が痛い」


 俺が目立ちたくない人代表みたいな顔で言っても、ミナはけろっとしてる。


「でもさ、アルクスって、ほんとはもっとすごいんでしょ? だったら――ちょっとくらい目立っても、いいんじゃない?」

「それが一番の罠なんだよ」


 そう返すと、後ろからライナスが笑いながら追い付いてくる。


「でも、そろそろ腹くくる時期かもな。これ以上隠しても、意味なさそうだし」

「……それは、ちょっと思ってる」


 俺はゆっくりと立ち上がる。視線の先、遠くに見える教官棟の屋根。あそこから始まった特別講義は、今や俺の未来そのものを変えようとしている。

 なら、もう一歩進もう。逃げ道ではなく、勝ち筋として。俺はこの王国で、兵士から成り上がって見せよう。


「さて。まずは、この国でどうやって出世コースに滑り込むか。……戦略を練るか」


 俺の中で、何かが確かに切り替わった。

 地味に生きる道が塞がれたなら――俺は堂々と、成り上がってやる。

 けど、のんびりだけは諦めない。俺は、後方の、ふかふかの椅子を目指すんだ。



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