3話:訓練学校Ⅲ
翌日。
嫌な予感というものは、えてしてよく当たる。
昨日の戦術演習のことが、いろんな意味で「話題」になっているのは、訓練場に来た瞬間の空気で察した。そもそも、訓練場の入り口で教官の一人が待ち構えているって、もう答え合わせも同然。
教官の一人がにっこり笑って言った。
「アルクス訓練生、教官棟まで来てもらえるか?」
やっぱりな。
「……俺、なんかやらかしましたかね?」
「いや? やらかしたというより……期待に応えてくれた、というべきかな?」
つまりアウトですね、分かります。
俺はため息をつきながら教官棟へと向かった。途中、訓練生たちからの視線がチクチクと刺さる。やめてくれ、見ないでくれ。俺はただ、平穏に生きたいだけなんだ。
「というわけで、今後お前には特別講義を受けてもらうことになった」
はい出ました、俺専用カリキュラム。名前がもう、目立ちにいってる。
「内容は高度戦術論、複数魔法の同時展開訓練、指揮官シミュレーションなども含まれる。お前の能力を活かすには、それが最適だという結論が出てな」
「……あの、普通の訓練生コースって、ダメですか?」
「ダメだな」
即答かよ。もう少し迷えよ。
まあ、予想はしてたけど。俺が目立ちたくなくて能力を隠していたことなんて、教官たちにはとっくにバレてたんだろう。
「それに、お前の今のレベルなら、通常カリキュラムは正直……退屈すぎるだろう?」
図星だ。言い返せないのがつらい。
「じゃあ、代わりに提案いいですか? 目立たない特別講義っての、どうでしょう? 屋内限定、目撃者なし、噂禁止契約付き!」
「それただの秘密結社だな」
教官の苦笑に、俺もつられて苦笑する。言ってて若干ワクワクしたのは秘密だ。
◇ ◇ ◇
ということで、午後からさっそく個別講義スタート。
場所は訓練場ではなく、教官棟裏の小さな訓練室。防音完備、視線ゼロ。うん、最高に目立たない環境だ。これだけでだいぶ満足。
「まずは、複数魔法の制御精度を見せてもらおうか。昨日のは応用の範囲だろう?」
「まあ……ちょっと派手な一発芸程度ですかね」
「その一発芸で教官が三人ざわついたんだが?」
「エンタメ要素って大事ですよね」
俺は肩を竦めながら、左手に火球、右手に風刃を形成。同時に維持したまま、ゆっくりと回転させる。出力はごく低いが、制御は完璧。教官の眉がピクリと動く。
「制御率98%……化け物め」
適当にやったらやったで、「まじめにやれ」と言われるのがオチ。なら、最初から少し本気でやる。
まあ、本気でやれば制御率100%を叩き出せる。
どんなに優秀な魔法使いでも、95%が限界だと言われている。
「褒め言葉として受け取っていいんですかね、それ」
この教官、わりと皮肉が好きなタイプらしい。話が通じるのはありがたい。
「次は、戦術構築の試験だ。仮想敵を設定するから、それを撃退する作戦を五分で立案しろ。なお、敵戦力はこちらより二倍。戦力差を埋めるアイディア勝負だ」
おおっと、急にインテリ系にシフトか。
「つまり、真面目にサボれってことですね?」
「お前、言い回しだけで全力回避してくるのやめろ」
でも、こういうのは嫌いじゃない。頭の中に地図を描いて、地形を分析、敵の行動パターンを予測。最小戦力で最大の成果を上げるには、どう動くべきか――
「完了しました」
さくっと資料を制作し、教官に渡す。
受け取った教官が資料に目を通し、静かに目を見開いた。
「……これは、軍務経験者が作るレベルだぞ」
「まあ、妄想戦術なら得意なんで」
帝国の城で一人、夜な夜なベッドの中でシミュレーションしていたからな。地味な努力の賜物だ。
こうして、俺の特別講義生活が始まった。
嬉しくはない。けど、つまらなくもない。なんなら、わりと楽しい。――ただし、人に見られてなければ。
だが、その見られてなければが一番ハードル高いってのが、世の中の厳しさというやつで。
「……なあアルクス、お前が教官棟に消えてる間、ミナが『秘密任務とか?』って言い出したんだけど」
「やめろ。それはそれで尾ひれがつく」
頼む。俺はただ、地味に生きたいだけなんだ……!
特別講義、第一週目。俺の目立たず生きたい戦争は、まだまだ続く。
……そろそろ別路線を考えるべきだろうか?
こう、元敵国で成り上がる元皇子、的な感じで。
てなわけで特別講義、二週目。
今日も俺は、目立たぬよう気配を消して教官棟裏の訓練室へ向かう……つもりだったが、建物の影から出た瞬間、斜め上から声が飛んできた。
「アルクスー! やっぱり今日もそこ行くんだー!」
ミナ、お前……なぜ屋根の上にいる?
「……なにやってんの、ほんとに」
「えへへ、ちょっとね! 最近アルクスがどこに消えてるのか気になって!」
全然悪気がない笑顔。これはもう……諦めるしかない。
「いや、あのな。これは訓練の一環であって、秘密任務とかじゃないからな?」
「ふーん……じゃあ、私も参加しよっかな!」
「やめろ。お前が来たら特別講義じゃなくて特別公開講義になるから」
結局、ミナは興味津々で「今度ライナスと一緒に突撃してみよっかなー」とか言いながら去っていった。
やめてくれ、ほんとやめてくれ。俺の地味枠ポジションが、どんどん侵食されていく……!
てか、そんなことしたら教官に怒られるぞ?
その日の講義テーマは、状況即応の実戦判断訓練。
要するに、即興でシナリオが投げられて、それに対してどう動くかを判断・実行する力を試すってことらしい。
ぶっちゃけ、「授業」と言いつつ、やってる内容はほとんど現場の指揮官育成。
「アルクス、お前にはこれをやってもらう」
教官が指し示したのは、一枚の地図。そこには、村とそれを取り囲むように広がる森。そして、迫りくる敵部隊の位置。
「村の防衛戦だ。味方の戦力は村の自警団五十人と、君。相手は傭兵崩れの百名。数では完全に不利だな」
「つまり、今日のテーマは無理ゲーと」
「うん、逃げ道がないように配置したから」
楽しそうだな教官。
俺は地図を睨みながら、しばらく思考を巡らせる。正面からぶつかっても勝てるはずがない。相手は傭兵崩れだが、村人とは実戦経験や練度も違う。けど、村は守らなきゃならない。
――なら、選ぶ手段は一つ。
「敵の進軍ルートに誘導罠。村は囮、住人は地下へ退避、陽動部隊を森に配置して分断。その後、夜間奇襲で隊長格を狙い撃ち……戦線瓦解を誘う」
作戦を口にすると、教官が腕を組んで唸った。
「……マジで軍人の思考回路だなお前」
「いやいや、妄想の産物ですよ。もしものための空想ってやつです」
「もしもが実際に来そうだから言ってるんだよ」
多分、帝国とか魔王のことを言っているのだろうな。
そんなことを思っていると、教官が資料をメモしてる。おい、勝手に採用すんな。俺はのんびり生きたいだけだっつってんだろ。
講義のあと、俺は久しぶりに寄り道して、訓練場の片隅のベンチに腰掛ける。
空は高く、雲は穏やかに流れている。ああいうのを眺めてると、つい思っちまうんだ。
「……のんびりしたいなあ」
「お前にだけは言われたくねえな、それ」
振り向くと、やっぱりいた、ライナス。手には書類、たぶん講義スケジュールの写し。
「お前、また講義追加されてるぞ? 次はなんと、教官との模擬戦らしい」
「……やっぱり、別路線考えるべきかもな」
「どんな路線だよ。むしろもう、教官側に転職しろってレベル」
「断る。責任と注目の二重苦とか地獄でしかない」
ライナスは鼻で笑って、ベンチの隣に座った。
「でもよ、あんだけ実力あって、そのくせ地味に生きたいとか、よく言えるよな」
「それが俺の信念だ。平穏、地味、のんびり。三本柱でいきたい」
「その柱、戦場にしか建ってねえけどな」
俺は笑って、空を仰いだ。
今日も、明日もきっと――のんびりなんて無理なんだろう。
でもな、それでも諦める気はないんだよ。無駄に粘り強い性格なんでね。
目立たず穏やかに、普通の兵士として生きてやる。
それが無理なら、俺は成り上がるしかない。高級取りで後方でのんびりするんだ。
……わりとアリかもしれない。
それはそうと、明日の模擬戦、誰が相手なんだろう?