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怠慢なラスボスに転生した俺、敵国に亡命して成り上がる  作者: WING
第3部

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21話:昇進と手料理

 スタンピードの戦いから数日が経ち、俺の心はすっかり落ち着いていた。


 ……いや、嘘だ。実は今でも後悔している。


「アルクスさん、もしかして伝説に出てくる勇者より強いんじゃないですか⁉」

「みんな噂してますよ! 王国に英雄が現れたって!」


 話せば口々にこのようなことを言われる始末。


 ――めんどくせぇぇぇぇえ! だから目立ちたくなかったんだ!


 嘆いても過去に戻れるわけでもない。

 まあ、もう割り切ってはいる。


 本部からリゼロット少佐が来た時、「アルクス少尉、やはり君は優秀だ。巷では英雄視されていると聞く。随分と鼻が高いだろう?」と言われたのを覚えている。

 また俺を各方面に広報する気なのだろう。

 リゼロット少佐に関しては、もう諦めている。


 そんなこんなで今日、俺は師団長から呼び出しを喰らっていた。

 周囲からは「ついに昇進か!」と言われている。


 違うんじゃない? まだ二カ月も経ってない。昇進の話しは早すぎる。


 そう思っていた。


 ドアをノックすると、師団長はすぐに「入れ」と声をかけてくる。

 俺が入ると、師団長は机の前で書類を見ながら、一瞬も顔を上げずに言った。


「やっと来たようだ」

「失礼します、師団長」

「うん、君が来るのを待っていたよ」


 師団長はやっと顔を上げて、俺を見つめる。

 その目は、ちょっとした笑みを浮かべていたが、すぐに真面目な顔に戻る。


「まずは、昇進の話だ」

「昇進?」


 俺は驚いた。違うと思っていたら、まさかの昇進だからだ。


「そうだ、今回の君の活躍を見て、上からの評価がずいぶんと高い」


 あれだけ派手に暴れたんだ。数千という規模の軍隊を、少尉である俺が指揮したんだ。

 それでもきっと、中尉くらい――……。


「大尉(・・)昇進おめでとう」

「……へ? 大尉? マジ?」


 ちょっと驚きすぎて、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 師団長は、その反応に目を細めて、にやにやと笑っている。


 くっ、何だその顔は。完全に「してやったり」って顔してるじゃねぇか!


「マジだとも。ほら、文書にもハンコが押されている。君の活躍は、そういうレベルだったってことだ」

「いや、でもですね。俺、少尉ですよ? それがいきなり大尉って、二階級特進ってやつじゃないですか? これって、戦死した人に贈られるやつじゃ……」

「縁起でもないこと言うな」


 俺の必死の抵抗は、師団長の一言で即座にバッサリと切られた。

 彼女はデスクの引き出しから、しっかりと封のされた辞令を取り出すと、俺の目の前に突きつける。


「文句があるなら参謀本部に言ってくるといい。彼らが決めたことだ」

「参謀本部……ああ、参謀本部勤務のリゼロット少佐がまた余計なことを……」


 思わず呟くと、師団長は頷いた。


「そうらしい。リゼロットが『アルクス大尉には将来性を感じる』とか、『次の時代を背負わせる』とか、随分と鼻の高い話をしてたぞ」


 やめてくれ。俺は目立ちたくない。静かに、慎ましく、そして裏でちょいちょい実績を積んで、気付いたら「いつの間にか出世してました」みたいなスタイルを貫くつもりだったんだ。


「あの、師団長。ここは中尉くらいで手を打ちませんか? ほら、何事も段階が大事って言うし――」

「却下だ」

「即答⁉」


 俺の提案は秒で粉砕された。


 いや、師団長、あなたもうちょっと考慮してくれてもいいじゃないですか。


「それに、師団規模を問題なく指揮できる君には、最初に千人規模の部隊を預けることに決まった。そうなると、中尉じゃ肩書が合わない」

「えっ、部隊持ち⁉ え、もう!?」


 千人って、俺まだ配属されて二カ月未満なのに? ていうか、戦術はともかく、現場指揮官としての経験値はまだ初心者マークついてるんですが!?


「参謀本部も納得している。私の方でも了承済みだ」

「……すごい。外堀が埋まっていく音がする……」


 完全に包囲されている。こっちは竹槍しか持ってないのに、あっちは大砲持って包囲しているレベルの格差。勝てるわけがない。


「もっと嬉しそうな顔したらどうだ。出世だよ? 階級章がピカピカになるよ?」

「いや、俺としては地味なままでも輝いてたんで……」

「そのくせ、先のスタンピードでは派手に暴れたくせに?」


 ぐぬぬぬ……! 何も言い返せねぇ!


「……くそっ、俺の静かに目立たず成り上がるという計画が……」

「盛大に目立って、急成長してるじゃないか。むしろ成功している」

「方向性が違うんですよぉぉぉおおおお!」


 俺の嘆きが、師団長室の天井へと虚しく吸い込まれていった。


 そんな俺の嘆きを知ってか知らずか、師団長は話を続ける。


「でもまあ、せっかくだし手料理の話もついでに進めるか」

「それは忘れててください!」


 リゼロット少佐と会ったときに聞いたんだ。

 そしたらなんて言ったと思う?


『ラティアの手料理を振舞ってもらう約束をした? ご愁傷様だ。生きていることを願うよ』


 だってよ!

 やっぱり貴族の娘は料理ができないって言うテンプレかよ!

 師団長、やっぱりフライパンの魔獣に負けているじゃねぇか!!


「却下だ。約束は約束。是非とも、私の手料理を堪能してほしい」


 くっ、逃げ道はどこにもない、だと⁉


 そして夕方――。


 俺は今、王都にある師団長の家、つまりヴァルグレイス公爵家の門前に立っている。


「うわ、でけぇ……」


 思わず口から出た感想は、それだった。


 いや、だってさ? 俺、一応元・ノイアス帝国の第一皇子だったわけだけど、これ、どう見ても城なんだよ。屋敷じゃなくて、城。


 石造りの三階建て、門の上には見張り台、そして庭には噴水。うん、これもう国家機能あるだろ。

 現代だったら国宝級だよ。


「……俺、今から飯食いに行くだけなのに、国賓対応されてない?」


 警備兵たちが敬礼して通してくれるのもまた妙に重い。おまけに、玄関で待っていたのは、黒服の執事が五人も並ぶという謎の威圧感だ。


「ようこそお越しくださいました、アルクス様。ラティア様より伺っております」

「え、あ、どうも……」


 案内される廊下も、絨毯がフッカフカで歩くたびに沈む。

 壁に掛かる絵画は多分有名な画家の作品なんだろうけど、俺には価値がわからん。少なくとも高いってことだけは伝わってくる。


 ちなみに途中の柱、一本一本に家紋が刻まれているのがまたすごい。どんだけ誇り高いんだこの家……。


 と、そんな俺の動揺をよそに、通されたのは広いダイニングルーム。

 天井が高すぎて声が反響するレベルだ。


「ラティア様は、まもなくお支度を終えられるかと。今しばらく、こちらでお待ちください」


 執事がそう言って立ち去ると、代わりに使用人の女性が三人ほど、そっと近づいてきた。


「アルクス様……ご武運を」

「どうか……お元気で」

「帰ってこられたら、お祝いを……」

「えっ、なんでぇ⁉ 俺これから戦場にでも行くの⁉ そこまで酷いの⁉」


 使用人たちは真剣な顔でぺこりと頭を下げると、静かに部屋から退出していった。


 ――おい、なにその空気! やめろよ、不安になるだろ!


 まるでこれから処刑場に送られる囚人を見るような目だったぞ!

 そうこうしているうちに、カツカツと足音が響く。


「待たせたね、アルクス」


 現れたのは、今日も変わらず凛とした美貌のラティア師団長――いや、今日は私服だった。

 動きやすそうなシンプルなシャツに、薄手のエプロン。髪もいつものようにまとめておらず、ラフに下ろしている。いつもよりちょっと柔らかい雰囲気だ。


 思わず見惚れ――いや、違う。違うんだよ。


 手に、フライパンを持ってる時点で、既にこの空間が危険物取扱区域になってるんだ。


「さあ、食べよう。今日は腕によりをかけて作ったからな」

「ま、まじですか……。え、あの、ほんとに作ったんですか?」

「ふふ、もちろんだとも。私の命を救ったお前のためにな」


 なんか、笑顔が怖い。目が据わっている。

 まるで自作の爆弾を自信満々に披露する発明家みたいな顔してる。

 そして、運ばれてきた一品目。


「――これは?」

「ステーキだ」

「……オ、オイシソウ~」


 皿の上には、真っ黒に炭化した謎の物体。肉なのはわかるけど、何の肉かは判別不明。

 しかも煙が出てる。焦げ臭い。目が痛い。なんで皿の上から煙が出てるの!?


「美味しそうだろう? 自信作だ」


 テメェ、目付いてんのか⁉

 お前の目は節穴か! これのどこが美味しそうに見えるんだよ!


「さあ、遠慮はいらないよ、アルクス」


 ラティア師団長はニッコリと笑って、ナイフとフォークを俺の前に差し出した。

 これは命令だ。拒否権は、ない。


 俺は……震える手で、フォークを握る。


 ……顔も知らないお母さん、今までありがとう。


 俺の目から一筋の涙がこぼれた瞬間、黒焦げの一切れを口に運んだ――。


 ――数分後、俺は静かに、椅子から崩れ落ちた。



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