19話:スタンピードⅤ
魔物の一撃を剣で弾き、ラティア師団長の前へと躍り出る。
「精鋭班、後退。すぐに回復班と合流を」
俺は魔物を睨んだまま、冷静に指示を飛ばした。
「でも、アルクス少尉――!」
「命令。俺、意外と上下関係気にするタイプなんで」
ピクリと兵たちの肩が震え、数秒の逡巡ののち、後退を開始する。
後退する直前、ライナスとミナが。
「アルクス、また後でな。お前のことは心配していない。派手に暴れて来いよ」
「アルクス~、気を付けてね!」
俺は適当に手をひらひらと振って返す。
……よし、これで足手纏いはなし。
俺一人でも、今の出力なら、こいつら二体くらいどうにかなる。
「……アルクス少尉、何をしている?」
背後から聞こえるラティア師団長の声は、低く、怒気混じり。
けどその怒りの温度、ちょっと違うな。たぶん――心配、か。
わかります、上官の気苦労。俺も前世で中間管理職やってましたから。
「勝手な行動だ。指揮系統を乱す気か? この状況で――」
「ほとんど片付きましたよ、魔物。残りはこの二体。指揮権はジェイド准将に。で、師団長――死ぬ気でしたよね?」
ラティア師団長が沈黙する。
振り返れば、その双眸は見開かれていた。
顔に浮かんだのは、言い逃れできない、図星を突かれた時のあの表情。
「無理しているの、見てました。自分が囮になって師団を守る――立派ですけど、それ、俺の指揮方針じゃないですから」
「……」
「兵を生かすのが今、指揮官である俺の仕事。で、上官を見殺しにする趣味、俺、ないんですよ。悪趣味な人間じゃないんで」
心臓はうるさいくらい鳴ってるけど、口調は軽く保つ。
「それに師団長がここで死んだら困ります。俺の今後の計画において――かなり重要なピースなんで。あっ、ちなみに今聞くのはナシですよ?」
ニッと笑って、冗談めかして告げる。
ラティア師団長は睨むような、でもどこか読み取ろうとする視線で俺を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……お前、本当は何者なんだ」
「それはまた今度、紅茶とクッキーでも用意してくれたら、ゆっくり話しますよ」
その言葉に、彼女の口元が、ほんの僅かに――吊り上がる。
――よし、折れた。
「では師団長、後方でおとなしく治療でも受けててください。俺の華麗なる戦い、ぜひ特等席で」
そう言って背中を向け、手をひらひらと振る。
すると、彼女の声が背後から追ってきた。
「……死ぬなよ、アルクス少尉」
肩越しに振り返って、ニヤリと笑う。
「危険手当、期待してますよ。あ、できれば師団長の手料理付きで」
「……は?」
「いやいや、まさか料理できないなんてことは……ないですよね? 白銀の戦姫が、フライパンの魔獣に負けるなんて、まさか」
「……君、後で覚えていろよ」
「その『後で』があるってことは、俺が生きて帰るって信じてるってことですね。感激です!」
「ふん。それに私の手料理とは、高くつくよ?」
「今ここでそれを言います? 俺、師団長を助けるために、本来は目立ちたくないのにここに来たんですから。それでもお釣りはまだ来ますよ?」
「屁理屈を。……感謝する。生きろよ」
最後に小さく、彼女は俺にそう言って下がって行った。
下がって行ったのを確認し、俺は笑みを浮かべる。
――さて。茶番はここまでだ。
俺は両手を掲げ、空に展開式魔法陣を描く。
氷と雷、風と火。複合属性を編み合わせた独自の術式。
目立ちたくないなら、本来は見せるべきじゃない。
けど、もう隠している余裕なんてない。
「来いよ……この元ラスボス様が、直々に相手してやるよ」
魔物が咆哮し、空気が震える。
だけど、それでも――俺は一歩も退かない。
空に浮かぶ四重の魔法陣が唸りを上げ、膨大な魔力が螺旋のごとく収束していく。
氷と雷、火と風。相反する属性を強引に編み合わせた、高位複合術式。
普通なら暴走して爆発四散してもおかしくない術式だけど……俺が使うなら、話は別だ。
偽っていたが、本来、俺の魔力制御率は100%だ。
「第一層、起動。第二、展開。……三層、同期開始」
術式が完成するまでにかかる時間は、わずか三秒。
でも、魔物にとっては――永遠のように感じたかもな。
咆哮を上げて突進してくる一体目を、雷の鞭で絡め取り、氷の杭で足を貫く。
その動きを止めたところへ、火と風の魔力が収束した螺旋弾を叩き込んだ。
――ズドォン!
地面が抉れ、爆風が吹き荒れる。魔物は一瞬で黒焦げになって吹き飛んだ。
「……一体目、処理完了っと」
もう一体はその光景を見た瞬間、完全に戦意を喪失していた。
低い唸り声を漏らし、ズルズルと後退し始め――やがて踵を返して、森の奥へ逃げ出そうとする。
「逃げ足だけは早いな。けど……」
俺はゆっくりと右手で指を鳴らす。
パチンッという乾いた音と共に、一瞬で周囲を結界が覆った。
――逃がさないよ。
そして、空間に小さな魔方陣。
「……知ってるか? ラスボスからは、逃げられないんだぜ?」
魔法陣が瞬時に展開し、雷光が迸る。
逃げる魔物の頭上に、無数の氷の刃と雷の矢が降り注いだ。
その瞬間、轟音と共に魔物の巨体が地面に崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
戦場の空気が、俺ひとりを中心に沈黙へと塗り替えられた。
俺は息を整えながら、ふう、とひとつ吐息を吐いた。
「……ま、こんなもんか」
煙の立ち上る戦場をあとに、俺は戦々恐々となしがらゆっくりと歩いて戻る。
何故かって?
普通に剣で倒せばよかったよ。あそこまで派手にやるつもりはなかった。
だから、俺の内心では……。
――やらかしたぁぁあ!
酷く後悔していた。
部隊の兵たちは遠巻きにこちらを見ていたが、誰も声をかけない。ただ、呆然と俺の姿を見つめていた。
ラティア師団長は、後方で治療を受けていた。
俺が近づくと、彼女はふっと目を細める。
「……戻ったか。色々言いたいことはあるが、まずは無事で何よりだ」
「……気分は最悪ですよ。やり過ぎた……」
俺は「でも」とニヤリと笑う。
「師団長。俺、一つだけ覚えていることがあるんですよ。ええ、さっきの話」
「……?」
「約束、守ってくださいね? 危険手当と、手料理の件です」
「ふっ……まだその話をするか」
ラティア師団長は、呆れたように笑った。
「仕方ない。生きて帰ってきたご褒美だ。手料理くらい、振る舞ってやるさ」
「本当ですか? じゃあ期待してます! 俺、食レポも得意なんで。『まるで魔物の血肉のようなワイルドな味』とか、正直に言っちゃうかもですよ?」
「……やめろ、せっかくの感謝の気持ちが台無しになる」
「じゃあ、ほどほどに期待してますよ。……味見程度に」
その言葉に、彼女がまた小さく、笑った。




