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怠慢なラスボスに転生した俺、敵国に亡命して成り上がる  作者: WING
第3部

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19話:スタンピードⅤ

 魔物の一撃を剣で弾き、ラティア師団長の前へと躍り出る。


「精鋭班、後退。すぐに回復班と合流を」


 俺は魔物を睨んだまま、冷静に指示を飛ばした。


「でも、アルクス少尉――!」

「命令。俺、意外と上下関係気にするタイプなんで」


 ピクリと兵たちの肩が震え、数秒の逡巡ののち、後退を開始する。

 後退する直前、ライナスとミナが。


「アルクス、また後でな。お前のことは心配していない。派手に暴れて来いよ」

「アルクス~、気を付けてね!」


 俺は適当に手をひらひらと振って返す。


 ……よし、これで足手纏いはなし。


 俺一人でも、今の出力なら、こいつら二体くらいどうにかなる。


「……アルクス少尉、何をしている?」


 背後から聞こえるラティア師団長の声は、低く、怒気混じり。

 けどその怒りの温度、ちょっと違うな。たぶん――心配、か。


 わかります、上官の気苦労。俺も前世で中間管理職やってましたから。


「勝手な行動だ。指揮系統を乱す気か? この状況で――」

「ほとんど片付きましたよ、魔物。残りはこの二体。指揮権はジェイド准将に。で、師団長――死ぬ気でしたよね?」


 ラティア師団長が沈黙する。

 振り返れば、その双眸は見開かれていた。

 顔に浮かんだのは、言い逃れできない、図星を突かれた時のあの表情。


「無理しているの、見てました。自分が囮になって師団を守る――立派ですけど、それ、俺の指揮方針じゃないですから」

「……」

「兵を生かすのが今、指揮官である俺の仕事。で、上官を見殺しにする趣味、俺、ないんですよ。悪趣味な人間じゃないんで」


 心臓はうるさいくらい鳴ってるけど、口調は軽く保つ。


「それに師団長がここで死んだら困ります。俺の今後の計画において――かなり重要なピースなんで。あっ、ちなみに今聞くのはナシですよ?」


 ニッと笑って、冗談めかして告げる。

 ラティア師団長は睨むような、でもどこか読み取ろうとする視線で俺を見つめ、それから小さく息を吐いた。


「……お前、本当は何者なんだ」

「それはまた今度、紅茶とクッキーでも用意してくれたら、ゆっくり話しますよ」


 その言葉に、彼女の口元が、ほんの僅かに――吊り上がる。


 ――よし、折れた。


「では師団長、後方でおとなしく治療でも受けててください。俺の華麗なる戦い、ぜひ特等席で」


 そう言って背中を向け、手をひらひらと振る。

 すると、彼女の声が背後から追ってきた。


「……死ぬなよ、アルクス少尉」


 肩越しに振り返って、ニヤリと笑う。


「危険手当、期待してますよ。あ、できれば師団長の手料理付きで」

「……は?」

「いやいや、まさか料理できないなんてことは……ないですよね? 白銀の戦姫が、フライパンの魔獣に負けるなんて、まさか」

「……君、後で覚えていろよ」

「その『後で』があるってことは、俺が生きて帰るって信じてるってことですね。感激です!」

「ふん。それに私の手料理とは、高くつくよ?」

「今ここでそれを言います? 俺、師団長を助けるために、本来は目立ちたくないのにここに来たんですから。それでもお釣りはまだ来ますよ?」

「屁理屈を。……感謝する。生きろよ」


 最後に小さく、彼女は俺にそう言って下がって行った。

 下がって行ったのを確認し、俺は笑みを浮かべる。


 ――さて。茶番はここまでだ。


 俺は両手を掲げ、空に展開式魔法陣を描く。

 氷と雷、風と火。複合属性を編み合わせた独自の術式。


 目立ちたくないなら、本来は見せるべきじゃない。

 けど、もう隠している余裕なんてない。


「来いよ……この元ラスボス様が、直々に相手してやるよ」


 魔物が咆哮し、空気が震える。

 だけど、それでも――俺は一歩も退かない。


 空に浮かぶ四重の魔法陣が唸りを上げ、膨大な魔力が螺旋のごとく収束していく。


 氷と雷、火と風。相反する属性を強引に編み合わせた、高位複合術式。

 普通なら暴走して爆発四散してもおかしくない術式だけど……俺が使うなら、話は別だ。


 偽っていたが、本来、俺の魔力制御率は100%だ。


「第一層、起動。第二、展開。……三層、同期開始」


 術式が完成するまでにかかる時間は、わずか三秒。


 でも、魔物にとっては――永遠のように感じたかもな。


 咆哮を上げて突進してくる一体目を、雷の鞭で絡め取り、氷の杭で足を貫く。

 その動きを止めたところへ、火と風の魔力が収束した螺旋弾を叩き込んだ。


 ――ズドォン!


 地面が抉れ、爆風が吹き荒れる。魔物は一瞬で黒焦げになって吹き飛んだ。


「……一体目、処理完了っと」


 もう一体はその光景を見た瞬間、完全に戦意を喪失していた。

 低い唸り声を漏らし、ズルズルと後退し始め――やがて踵を返して、森の奥へ逃げ出そうとする。


「逃げ足だけは早いな。けど……」


 俺はゆっくりと右手で指を鳴らす。

 パチンッという乾いた音と共に、一瞬で周囲を結界が覆った。


 ――逃がさないよ。


 そして、空間に小さな魔方陣。


「……知ってるか? ラスボスからは、逃げられないんだぜ?」


 魔法陣が瞬時に展開し、雷光が迸る。

 逃げる魔物の頭上に、無数の氷の刃と雷の矢が降り注いだ。

 その瞬間、轟音と共に魔物の巨体が地面に崩れ落ちた。


 静寂が訪れる。

 戦場の空気が、俺ひとりを中心に沈黙へと塗り替えられた。

 俺は息を整えながら、ふう、とひとつ吐息を吐いた。


「……ま、こんなもんか」


 煙の立ち上る戦場をあとに、俺は戦々恐々となしがらゆっくりと歩いて戻る。

 何故かって?

 普通に剣で倒せばよかったよ。あそこまで派手にやるつもりはなかった。

 だから、俺の内心では……。


 ――やらかしたぁぁあ!


 酷く後悔していた。

 部隊の兵たちは遠巻きにこちらを見ていたが、誰も声をかけない。ただ、呆然と俺の姿を見つめていた。

 ラティア師団長は、後方で治療を受けていた。

 俺が近づくと、彼女はふっと目を細める。


「……戻ったか。色々言いたいことはあるが、まずは無事で何よりだ」

「……気分は最悪ですよ。やり過ぎた……」


 俺は「でも」とニヤリと笑う。


「師団長。俺、一つだけ覚えていることがあるんですよ。ええ、さっきの話」

「……?」

「約束、守ってくださいね? 危険手当と、手料理の件です」

「ふっ……まだその話をするか」


 ラティア師団長は、呆れたように笑った。


「仕方ない。生きて帰ってきたご褒美だ。手料理くらい、振る舞ってやるさ」

「本当ですか? じゃあ期待してます! 俺、食レポも得意なんで。『まるで魔物の血肉のようなワイルドな味』とか、正直に言っちゃうかもですよ?」

「……やめろ、せっかくの感謝の気持ちが台無しになる」

「じゃあ、ほどほどに期待してますよ。……味見程度に」


 その言葉に、彼女がまた小さく、笑った。




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