5
青果5
「なんかゾンビ祭りとかいうやつやるらしいですね」
バックヤードで売場に出すためのワゴンを作っていると、バイトのアレックスが話しかけてくる。
エリックは答える。
「え、何それ」
「なんかさっき店長がみんなにそう言ってました」
「店長が? みんなにってどういうこと?」
店長のトムが良からぬことを企んでいるらしい。
話を聞いてみると、ことの発端はまた青果コーナーの連中らしい。
「青果コーナーでなんかやるって話か」
「でも今回は店をあげてらしいですよ」
「そうなんや」
「なんか祭りだから、そういう客を集めるらしいです。コスプレとかしてくれる人」
「そんな人いんのかな」
「てかハロウィン終わったとこですけどね」
そやんな。
「ハロウィンなんかやった?」
「なんもやってないですよ。俺ああいうの苦手なんですよ」
「道頓堀とか行かへんかったん?」
「行かなかったですね。エリックさんは行きました?」
「行ってない」
「行ったことあります?」
「ない」
即答する。「あ、でもたまたまハロウィンのときに道頓堀近くにいて、仮装してる人たちを見たことはあるで」
「そうなんですか」
「なんかルフィがものすごいスピードで地下鉄の階段を駆け上がって行ってた」
「なんかあったんすかね」
「さあ? 待ち合わせに遅れそうやったんちゃう?」
「仲間の危機やったんですかね?」
「それはやばいて」
ワゴンの作業をアレックスに譲って、今度はその後ろで酒類の整理を始める。
「あれ? てかゾンビ祭りって誰が言い出したん?」
アレックスが答える。
「僕は店長に聞きましたけど、店長は青果のジョージさんがまた、とか言ってましたね」
「ジョージ君が?」
そうなんや。
「でもなんか今回は趣向がちゃうな」
「そうですか?」
「いやわからんけど」エリックの手が少し止まる。「なんかちょっと違うかなと思って」
「ゾンビとかぽいですけどね」
「確かにゾンビはぽいな。でも祭りは違うくない?」
「そうですか?」
どうやろ。
エリックは試しに言ってみる。「うん、でもやっぱなんか祭りはちゃう気するな。祭りはなんか人を巻き込んでる感じするもん。そういうのはなんか、なんやろ、言ったら悪いかも知らんけど、これまでのジョージ君っぽくないわ」
「そう言われたら、そうかも知れないですね」
アレックスが同調する。
彼にもなにか察するところがあるのだ。
「まあ、俺は知らんけど」
「どっちなんですか」
「さあ? どっちって何と何が? 俺はただ決定に従うまでやで。自分のことに集中するわ」
「うわ、なんかその考え方冷たっ」
バックヤードは静まり返っている。日中のおばちゃんパートたちによる賑やかな感じとは全然違う。人員も限られた数になっている。いま閉店の時間を待っている。
客もまばらで、店内がより明るく見える。
確かにまるで冷蔵庫の中で生きているみたいだ。
昔、一緒に働いていた当時大学生の女の子が、もしかしたら冷蔵庫の中にも、トイ・ストーリーみたいな世界があるかもしれないですね、みたいなことを言っていた。
トイ・ストーリーとは、子どもがいないときのおもちゃたちが、自分たちの意志を持って、意気揚々と活躍する映画だ。
そのとき自分が何と答えたのかは覚えていないが、しかし、もしそういう世界がスーパーにもあったとして、それは決してトイ・ストーリーのような明るい感じではないと思う。
スーパーで明るいのは、あくまでも店内の照明だけで、棚に並べられた商品たちの気持ちは常にどんより暗い。
自分の定めが決まっているからだ。
だからもし商品たちが喋ったり動いたりすることがあっても、たぶん元気はないと思う。
あるいは、商品たちを擬人化したとしても、ものすごく歳を重ねて、すべてを悟っているおじいさんやおばあさんみたいなキャラばっかりになってしまい、話に進展がないとか。
いずれにしてもおもしろくないだろう。
少なくとも、やはり明るくて、見ているこちらにも元気が出てくるような話ではないはずだ。
ゾンビ祭りは、店長の独断に近いものがあったのかもしれない。何があったのかはわからないが、店長としても、本部から何か言われたのか、あるいは本部へのカモフラージュ的な何かなのか。
「それにしても、いつまでこういうことやり続けるんですかね」
アレックスがぽつりと言う。
「何が?」
「いや、青果コーナーですよ」
青果コーナーか。
アレックスは続ける。「もうやめたらいいと思うんですけどね」
「やめたらいいって?」
「なんかいろいろ試してみることも、いろいろ考えることもですよ」
そうなのかな。
でも言われてみれば、そうなのかもしれない。思い返してみると、もうずいぶん長いあいだ今の状態が続いているような気がする。
「今日も青果のパートのおばちゃん叫んでたらしいですよ」
「マジで?」
「なんかちょっと客と揉めてたらしくて。みんなもう限界なんですよ」
「うん、限界なのかもしれへんな」
「もう売れるなら売れるでいいじゃないですか」
「そやな」
「あ、せや」
「何?」
アレックスが言う。
「もし青果コーナーに起きてることが、エリックさんの部門にも起こったらどうします? たとえばそやな、お酒とか?」
「え、俺のとこに?」
考えないわけではない。
ジョージ君と同じようなことをするとは正直思わないが、それでも気分があまりよくないであろうことは想像できる。
初めはいい気持ちかもしれない。誰にも責められることはないだろう。
だがそれがずっと続き、自分でもなぜうまく行っているのかわからないとき、やはり不安な気持ちに苛まれるかもしれない。
ずっとこれが続いたら?
この忙しさが普通になったら?
逃げ出したい気持ちになるのだろうか。それともジョージ君のように、元の状態に戻したいがために、あらゆる施策に打って出るのか。
「まあ、リアルに考えたら」
「はい」
「売れた分だけ発注追加して、もし商品がこないみたいな事態になったら、売場にお詫びの張り紙出すかな」
「普通っすね」
「普通にするやろ。俺はそんなジョージ君みたいに次から次にアイデア出てこうへんわ。そのままいつも通りの対処して、全部話を上にあげる」
「きっと絶望的な気持ちになるでしょうね」
「誰が?」
「いや、いま僕もなんか、お酒のコーナーに一品も並んでない状況を思い浮かべてみたんです。ひどいもんですね。まるで災害時みたいじゃないですか」
災害時か。
じゃあ売場からすべてに近い商品のなくなることは、あり得ない状況ではないってわけだ。
「てかこんな話前にもせんかったっけ?」
エリックが言う。
「しましたっけ?」
「したような気がするよ。もっと前にね」「しましたっけね? そんときなんて言ってました?」
「覚えてないな。覚えてたら、同じ話なんてせえへんやろし」
「マジ他人事っすね」
そんなことない。
「そんなことないよ。ホンマにゾンビ祭りとかになったら大変やん。まさか青果コーナーだけを律儀に徘徊するゾンビなんておらへんやろ」
「ほかの部門にも来るってことですか?」
「そりゃくるやろ」エリックは言う。「店中ゾンビが徘徊することになるって」
「人集まるかなー」
「集まらん気はするな。でも、今年のハロウィンに乗り遅れた人とかが、ちょろっとする可能性はあるかも」
「ありますか? それにハロウィンも、今年の始まったようなイベントではもうないですからね」
「じゃああれや。ホンマはハロウィンに参加したいけど、なんとなく今まで参加出来てなかった人たちの、鬱憤のはけ口みたいな感じで、意外と参加者多いとか」
「仮装したいとか思ったことないですけどね」
「俺もないけど。でも馴染のスーパーがそういうことやるって言い出したら、じゃあ俺や私がやるしかないんかって考える人もおるかもしれへん」
「伊賀市民みんな変わってんなー」
「みんな変わってたらそれ普通やろ」
売り場は閑散としている。本当に静まり返っている。
アレックスは作業を終えて、同じバイトの女の子に話しかけに行っている。
フラフラと店内を歩いてみる。
冷凍コーナーの機械音、きれいに前出しされた日配の棚、お菓子売り場の棚。
しかしやはり青果コーナーだけは独特の雰囲気が漂っている。
商品はほぼすっからかんで、野菜の切れ端や、葉っぱくらいしか残っていない。
きのこ類とかも全部売れている。
災害時にはこんな状況になることもあるのか。
そう考えると、では今いったい何が起こっているのかということになる。
原因が知りたくなる。
もっと調査すべきなのだ。わからないなら、その原因がわかるまで、少なくとも何らかの仮説が立てられるまで、徹底的に調べ尽くしてみるべきだ。
だから話は、どうするか、ということではない。
何をやっても無駄に終わっているのは、そうすること自体が、ある種の逃げにしかなっていないからだ。
徹底的な調査からの逃げ。
現実を直視することからの逃避。
でも。
「調べたからといって答えが出てくるわけではない。調べても何も出てこない。この可能性を否定しない度量のあるやつだけが、次のステージに辿り着けるんだ」
次のステージって何やねん。
エリックは青果コーナーをあとにし、今度は惣菜コーナーで足が止まる。
ここもまた、何も商品が残っていない。
だがもちろん災害が起きたわけではない。考えてみて、惣菜コーナーはいつも売り切れで営業を終了している。消費期限が短いからだ。
「となると、棚や台から商品がすっからかんになるのは、何も災害時には限ったことではないやん」
歩を進める。
調味料のコーナーにやってくる。ここは自分の担当している売り場だ。
この売り場はどうだろう。
賞味期限はこれまでの売り場と比べると長い。だから常に商品は陳列されているし、災害時でも、それがよほど大きなものか、あるいは長引かなければ、すべて売り切れてしまうことはないだろう。
そもそもここの商品は、並べられているそれらが、ほかのスーパーとまったく同じであるといってもよい。
ほぼメーカー品ばかりだからだ。
よって特色も出しづらい。
もしここの商品が毎日売り切れるようであれば、それは確かに異常な現象だったかもしれないが。
その奥にあるお酒売り場は……まあ、ここの商品も放っておいたらいつかはすべて売り切れるんだろう。
青果コーナーのバックヤードにやってくる。電気が消えていて暗い。電気をつける。
ジョージ君はいつもここの窓から売場の状況を確認している。
商品が売れるたびに彼の心はすり減っていく。
もちろん最初はそうではなかったはずだ。ものが売れれば売れただけうれしかったはず。
でももしかしたら、僕たちは会社員だから、初めからものが売れても、心がそのたびに摩耗するだけだったかもしれない。
ジョージ君は他人だし、立派な大人だから、自分がこんなことを言うのはおかしいが、今の彼はアイデアに支配されている。何かいいアイデアが飛び出せば形勢が逆転すると思っている。なまじっか自分の想像力に自信があるのだろう。だからそれに固執する。
それはある種アイデア不足だ。
あらゆる観点から物事を検討するという作業を怠っている。
いつまでも同じところをグルグル回っているだけに見える。
この際ゾンビ祭りを受け入れてみるのもいいかもしれない。
逆にゾンビ祭りが成功するために何が必要なのか考えてみるのもいいんじゃないだろうか。
「じゃあお前がそれをするか?」
いや、俺はいい。
「どうして?」
どうしてだろう。
でも自分はそれに参加したくない。
「君自身も今回の出来事の当事者だぞ。いきさつをすべて知っているじゃないか」
確かに。
俺は青果コーナーの売上が異常な店舗に赴任してきたわけではない。それを解決するためにやってきたのでもない。
俺が赴任した先の店舗の青果コーナーが、徐々に売上を伸ばしていったんだ。
「なぜ自分は関係ないと言える」
関係ないとは言っていない。
ずっと気になっていた。
「でも結果的に今まで何もしていない。この件に関して、後輩であるジョージに何もアドバイスしていない」
俺にとっても未知の経験だったからだ。軽々とアドバイスできるような問題ではない。
それに上司として店長もいる。
「ジョージが苦しんでいるのはわかっていたはずだ。問題の解決云々を抜きにしても、彼の話を聞いてやることくらいはできたんじゃないのか」
他人だ。
それは一人で解決するべきだ。
「冷たっ」
冷たくない。大人として当たり前だ。
「大人として当たり前ってどういうこと?」
それができないならこの社会からドロップアウトすべきだ。
「そんなバカな。夜の中そんなに強い人ばかりではないでしょ」
強いも弱いも関係ない。
俺が言いたいのは、毎日生活しているだけでも、生き残るやつとそうでないやつが出てくるってことだ。
全員を助けることなどできない。
「アイデアに固執しすぎ、みたいなこと言ってたやん。それをジョージに伝えてあげるだけでも、彼にとっては劇的な効果があるかもしれへんやん」
そういうのは自分で気づいてほしい。それに俺も、自分の思うことが絶対だと思ってるわけじゃない。
「どういうこと?」
アイデアに固執しすぎやな、想像力のあるやつは、何もないってことが想像できひんから微妙やな、とは常日頃から思ってるけど、でもそれが答えじゃない。
アイデアを出して出して出し尽くして、その先に何があるのかは俺もわからない。
だから問題に対するアプローチの違う俺とジョージ君は、お互いに自律してがんばることが大事だと思う。
がんばってほしいなとは思ってる。
「ふーん」
ふーんって。
「やっぱ冷たいな」
なんでや。
「ジョージ君の好きな缶コーヒーは、UCCのミルクコーヒーやで。今度それ持って喫煙所に誘ってみれば?」
えー、急に誘ったりしたらなんか怖くない?
ゾンビよりマシか。
「じゃお疲れ様っす」
アルバイトの子たちを店の出入り口で見送って鍵を閉める。
夜の十時三十分ごろ。
ここから家のある名張までは、車で三十分ほどかかる。
車の中ではよくラジオを聞くか、それか音楽を流している。最近はもっぱらラジオだ。エンジンをかけると、すぐに流れるようになっているからだ。
店の裏側に停めてある自分の車に向かって歩き出したときだった。
店の壁にもたれかかるように、誰かがうずくまっているのを発見した。
「え、誰?」
恐る恐る近づいてみると、まったく知らない人だった。
ホームレスの人だろうか。
「すみません、もう営業終わっちゃったんですけど」
「大丈夫です」
何が大丈夫なのだろうか。見た目と声は四十代か五十代くらいのおじさん。
無精ひげが蓄えられていて、服装は、カーキ色のカーゴパンツに、紺色の厚手のジャンパー。
「何をなさってるんですか?」
エリックは尋ねてみる。
「いえ、大丈夫です」
男は言う。「買い物をしにきたわけではないので」
じゃあ何しにきたんや。
「え、でも?」
「待ってるんです」
こんなところで待ち合わせ?
「どなたをですか?」
「青果の売場の担当の方です」
ジョージ君を?
一体なぜ?
「あ、もしかして関係者の方ですか? 市場の人とか?」
「違います」
「じゃあ誰ですか?」
すると男はすぐには口を開かずに、じっとエリックのことを見つめる。
「あなた、ここのお店の人ですよね?」
「はい」
「じゃああなたでもいいか」
なんや。
男はしゃがんだまま、一度、手で髪をなでつけてから、「私も参加したいなと思いましてね。それでこうやって長蛇の列を覚悟で並びにきたわけです」
まさか。
男は続ける。「そうですよ。ここが噂の伊賀ゾンビフェスティバル2023の会場ですよね?」
名称めっちゃ変わってるやん。
しかも長蛇の列って! この人には自分の後ろに何人もの幻が見えているのか?
「え、どういうことですか?」
エリックは言う。
男は答える。
「ですから私は、そのフェスに参加の申込みをしたくて、今ここにやってきているのです」
フェスって言うな。
「それはちょっと……」
エリックは男から視線を外して言葉に詰まる。
こいつやばいやつか?
もう結構やばいやつとして認定して大丈夫だろうか?
男が言う。
「申込みは明日からですよね?」
明日から?
わからない。
いま自分が知っていることといえば、店長がゾンビ祭りを開催したいと言っている、ということだけで、そのほかの具体的な開催日時や内容などは、聞かされていない。
ゆえに、そもそもこの催しの参加に、事前の申込みが必要なのかどうかまったくわからない。
男が話を続ける。
「でもついにですよね」
ついに?
男が立ち上がり、お尻の砂利を手で払う。「ホントついにですよ。待ち望んでいました」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって」男は少し呆れた顔をして、「そうに決まっているでしょう。ついにこの伊賀の地でも、ゾンビフェスティバルが開催されるんですよ」
「なんか有名なんですか?」
「何がです?」
「だからその、ソンビフェスティバルって」
男が黙る。
まるで、こいつ何を言っているんだ、と言わんばかりの眼差しで見つめてくる。
そんなに変なことを言ったのだろうか。
「すみません、私、そのソンビフェスティバルというものに疎くて」
「大丈夫ですよ、誰にでも初めてはあるものです」
微妙に心の広い返答をいただく。
なんやこいつ。
エリックはあえてここで突っ込んでみる。
「というか、じゃあゾンビフェスティバルっていったい何なんですか?」
「え?」
「ゾンビフェスティバルって何なんですかね。僕、出身がこっちじゃなくて」
「ああ、そうなんですか」
男が言う。「ゾンビフェスティバルは、とても素晴らしいものですよ」
あたかも経験したことがあるような答え。
本当にそんなものが各地で開催されているのだろうか。
エリックは言う。「もしかしてあなたはマスターか何かなんですか?」
「マスターとは?」
「ですから、いままで全国各地で開催されてきたソンビフェスに参加しまくって、あらゆる賞を総ナメにしてきた、ゾンビフェスマスターみたいな?」
自分で言っていてあれだが、なんやゾンビフェスマスターって。
「いや、違いますね」
「違うんですか」
「マスターっていうより、私のことは、本物のゾンビと言っていただいたほうがうれしいです」
だからなんやねんこいつ。
いちいち腹立つ。
エリックはそろそろ面倒くさくなってきたので、話を元に戻そうとする。
「で、あなたはいま列に並んでると?」
「そうですね。どうやら私が先頭のようですが」
「これから夜がふけてくるにつれ、人が続々と集まってくるとお考えなんですね?」
「はい」
「帰ってもらっていいですか?」
「はい?」
男が驚いたような顔をする。
エリックは続ける。
「いや、ですから帰ってください。この店は、今日はもう閉店です」
「ですが、ここはゾンビフェスの会場のはず」
「さっきから何をおっしゃっているんです?」エリックは言う。「そんな催し物の開催はまだ決定されていませんよ」
「そうなんですか?」
「そうです」
しばし考え込む男。
「でも、ほぼ確実に開催はされるでしょう?」
「まだ何も決まってません」
「明日の朝になれば、開催ということで話が決まっているかもしれないじゃないですか」
「だとしても、決まってから来てください」
「そんな」
「今のあなたは、私たちにとってただの不審者です」
野放しにして帰ろうかとも思った。
ソンビフェスティバルなどとふざけた名称を口に出されて、自分はそれに関わりたくないと強く思った。
だが冷静に考えてみて、まだそれは決定事項ではない。
確かにアレックスから、そのようなイベントが店長主導で開かれるかもしれないとの噂は聞いた。
あくまでも噂だ。
となると、この目の前の男は何なのだ。
夏の苗木では、毎年フジロックが開催されるから、俺は冬からその会場予定地で並んで待っている。
梅田の西側エリアに商業施設が来春開業予定なんだけど、それが楽しみすぎるから、私は仕事帰り、毎日工事現場に立ち寄ってしまう。
まだわかる。
この男のやっていることは何なのだ。まだ何も決まっていないことに関して行動を起こしてしまっている。
しかも、もしそれがそうなるとしても、本当にそんなことが必要なのかどうかわからないことを平然としている。
田舎のスーパーだぞ?
暇なのか。
仕事は何をしているのか。家族はいるのか。普段何をして何を考えて、何に興味を持って生きているのか。
大事なことだ。
もう一度いうが、こいつは誰なのだ。
わからないとき、彼は我々にとって不審者だ。
「帰れます?」
帰れと言われてずっと黙っている男にエリックは言う。
男はショックを受けているようだった。
「もっと受け入れてもらえると思っていました」
そんなわけないやろ。
「むしろ、喜んでもらえるのではないかとさえ思っていました」
ないって。
「でもそうじゃないんですね」
「ですね」
「私は不審者ですか」
「はい。近所の不良たちと一緒です。不正に我々の敷地を利用しようとしています」
「はっきり言いすぎですよ」
「営業時間過ぎてますんで」
「あなた、私の気持ちがわからないんですか」
気持ち?
そんなものわかったところでどうなる。
「わからないわけじゃないですよ。考えてみる余地は十分にあると思います」
「じゃあ並ばせてくださいよ」
「それは無理です」
「なぜですか」
「フェスティバルの開催は未決定ですし、もう店は閉店しているからです」
「何を言っても無駄なんですか?」
「さあ?」エリックは続ける。「それはあなたが出す理屈次第です。私は、あなたのお話ならいくらでもお聞きしますよ。お気持ちも存分にお伝え下さい」
男は無言のままエリックを見つめる。
エリックも男を見つめる。
男が振り返って歩き始める。エリックとの距離が離れていく。店の入口との距離も離れていく。
どうやら男はあきらめたようだった。
店の敷地内なので完全な闇はなかった。周囲の店からの明かりや、駐車場にも明かりがいくつかは残っている。
エリックは、男が駐車場から出ていくところまでを見届けて、自身も家に帰るために車に乗り込んだ。
ラジオが流れてきた。
明日は雨が降るそうだ。大雨になるかもしれないとのことだった。
考えには考え方がある。
晴れの日のために今日があるのか。それとも、どんな毎日をすごしても、嵐の日に当たってしまうのか。
答えとしては、どちらも気に食わない。
ライトをつけて、車を発進させる。
家に帰ろう。
俺に天気は関係ない。どんな日でも、家に帰って家族と一緒に過ごすだけさ。