悪役令嬢の邸宅で母が悪役令嬢の母と親友だったと初めて知りました
タチアナ様の邸宅はさすが公爵家と言えるほど大きかった。王宮にも近く、なおかつ大きな庭があるのだ。
馬車がエントランスに到着するとお仕着せを着た方々が全員でお出迎えしてくれた。
タチアナ様が馬車から降りると
「学園の友達のシルフィさんよ」
と私を一同に紹介してくれた。
「お邪魔いたします」
私は頭を下げた。絶対に私の私服じゃ場違いだと思うんだけど・・・・
「私の部屋でお茶にするから準備を御願い」
タチアナ様は侍女に御願いすると、私を宮殿のような立派な屋敷の中に入れてくれた。
エントランスは贅を尽くした作りでとても豪華だった。いたるところに絵画が飾ってあり、私でも教科書で見た事のある絵が飾ってあったのだ。さすがに公爵家だ。
2階にあるタチアナ様の部屋は、男前で凛々しいタチアナ様には似合わずに、ピンク仕様の可愛い作りだった。でもこれはゲームのとおりなのだ。
私がきょろきょろ見ていると
ワンッワンッ
とトイプードルが駆けてきた。
「ただいま、ラート」
タチアナ様が愛おしそうに犬に頬ずりする。
「まあまあ、お嬢様がお友達を連れてくるなんて初めてですね」
年配の侍女さんがやってきた。
「シルフィさん、私の侍女のロッテよ」
「いらっしゃいませ」
「よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「学園のお友達と言われますと、どちらのお方ですか?」
「シルフィさんは隣のクラスなの」
「ああ左様でございますか。でも、どこかでお会いしたような気がするのでございますが」
ロッテさんは私の家名を聞きたかったんだと思うけど、平民の私には名乗るほどの家名はない。それをタチアナ様は誤魔化してくれたと思うんだけど、隣のクラスと言うだけで貴族でないって通用するんだ。でも私のクラスも下位貴族はいっぱいいるんだけど。まあ、公爵家からしたら下位貴族も平民も一緒なのかもしれない。
「気のせいだと思うわ。夢で出会っていたら別だけど」
タチアナ様の私に対する嫌味が炸裂したんだけど。
「まさかそのような。ではごゆっくりなさってください」
ロッテさんはお茶を入れてくれて出ていった。
お茶もいい香りがする。恐らく高級なんだろうな、と思いながら一口、口に入れる。ツンと豊満な香りがした。
「で、シルフィさん。この部屋って夢の中の通りなの?」
タチアナ様が聞いてきた。
「はい、本当に」
私はこの部屋が本当にゲーム通りなのに感激していた。
「夢って本当なの? 誰か知り合いに聞いたのでなくて」
タチアナ様が聞いてくる。ゲームでやったから知っているとは口が裂けても言えないので、もう夢で知ったとするしかない。
「だって私に公爵家の知り合いなんて、いませんもの」
「親戚が侍女とか色々あるじゃない」
「無かったと思いますけど」
そう、恐らく知り合いなんていないはずだ。知っているのはゲームをやり込んだからだし。
「私、夢の中で虐められているところを、タチアナ様に助けていただいたんです。その凛々しいお姿に感動して」
「なんかとても胡散臭いんだけど」
疑い深そうにタチアナ様が私を見る。
タチアナ様はそう言われるけれど、私はゲームの中でも実社会でもタチアナ様のアドバイスに助けられたのは事実なのだ。
その時ノックがして、見目麗しい御婦人が入ってこられたのだ。顔の感じがタチアナ様そっくりだ。
「お母様。どうなさったの?」
タチアナ様が驚いてその女性を見られた。
「初めてタチアナがお友達を家に連れてきたって聞いたから、挨拶しようと思って」
そう言うや夫人はジロジロと私の頭の先から爪先まで見られた。これは胡散臭い私を警戒していらっしゃったみたいだ。確かに娘がいきなり平民らしき女を連れてきたら母として心配するだろう。
「ようこそ、ブールセマ公爵家へ。母のテレシアです」
「お邪魔しております。シルフィア・バースと申します」
お母様に挨拶されて私は慌てて立上って頭を下げた。
「あなた、今、バースって言った?」
「はい、父をご存知ですか」
父は貴族の中でもそんなに有名なんだろうか? アル様もクンラートも知っていたし。
「いや、まあアントンはそんなに知らないのだけど、それよりもあなたのお母様ってティナでしょ!」
「はい、そうですけど、母をご存知ですか」
「まあ、そうなのね」
突然公爵夫人が満面に笑みを浮かべられた。
「ご存知も何もあなたのお母さんは私の親友よ。ティナから聞いていないの?」
不審そうに公爵夫人は言われる。
ええええ! 母が公爵夫人の親友って何だ?
「すいません。公爵家の方と母が知り合いなんて聞いたこともなくて」
私には初耳だった。
「ちょっとお母様、シルフイのお母様とお母様が友人なんて私も聞いていないわよ」
タチアナ様も驚いておられる。
「ロッテ、聞いた? この子、ティナの娘なんですって」
でも、タチアナ様のお母様は私達の話は聞いていなかった。公爵夫人は驚いて後ろに声をかけられていたのだ。
「はい、奥様。どこかでお会いしたことがあると思いましたらティナ様の娘さんだったのですね」
ええええ! 侍女のロッテさんまでが母を知っているみたいだ。公爵夫人とそんなに親しかったの?
ロッテさんが答える間に強引に夫人は私とタチアナ様の間に腰掛けられた。
「ちょっとお母様」
「なによ。10年ぶりに親友の娘に会えたのよ。私も混ぜなさいよ」
タチアナ様もお母様にはかなわないみたい。いつの間にか夫人の前にもお茶が入れられていた。
「あの子元気にしているの?」
「はい」
「私が何度遊びに来いって連絡しても来ないんだけど、どういうことよ。昔はしょっちゅうこの部屋に出入りしていたのに」
「えっ、ここにですか」
私は驚いた。
「そうよ。昔はこの部屋は私が使っていたのよ。ここに私が座って、ティナは貴方の座っている所に、私のいるところにはルイーセが座っていたわ」
ルイーセって誰だろう? 私はそれがアル様のお母様だとは知らなかったのだ。
「本当にあの頃は3人で馬鹿やっていたわ。なのに結婚した途端にパタリと来なくなったのよね。酷いと思わない?」
まあ、それは平民と公爵家の人がお付き合いするのは無理だ。私もタチアナ様とは卒業したらお会いするなんて事はできないはずだ。
「10年前にティナを強引に連れ出して皆で会ったのよ。あの頃はシルフィちゃんも小さくて『シルはね、将来王子様と結婚するの』とかとても可愛いことを言っていたわよ」
その夫人の言葉に思わずタチアナ様が吹き出したんだけど。まあ、誰でも小さい時は夢見がちなのだ。でも、何も吹き出すことはないんじゃない! まあ、身の程知らずも良いとこだけど。
「『でも、かっこ悪いあんたじゃやだ』って実際の王子様に言っていたのには笑えたわよ」
夫人が笑っていうんだけど、ええええ! 私、王子様と会ったことあるの? それにそんな失礼な事言っていたわけ・・・・
「それからはいくら誘っても来なくて。本当に冷たいわよね」
マシンガントークのような夫人に私たちはタジタジだった。
「そもそも、私が旦那様と結婚できたのもティナが色々やってくれたからよ。だからあの子は私達の恩人なのよ。私が旦那様と結婚出来ていなかったら、タチアナもここにいないかもしれないんだから」
「そうなんですか」
そんな事、全然聞いていない。どういうことなんだろう。
「何度も家にまた遊びに来いって言っているのに、家事や子育てに忙しいって言って全然来ないのよ。でも、子供がもうこれだけ大きかったらそんなに手はかからないわよね」
「ええ、まあ」
私は頷かざるを得なかった。弟も再来年は学園に入学の年だ。
「あなたからも言っておいてくれる」
私は頷くしか出来なかったのだ。この母にしてタチアナ様ありという感じだった。
まあ、学園を卒業したら平民が公爵家と付き合うのは難しいだろうことは想像できた。私もタチアナ様との付き合いは学園の間だろうとこの時は思っていたのだった。




