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自分は誰より可愛く生まれついて、相手は可愛い子が好き。
楽勝、と思いきや。
とんでもなく難攻不落な相手だった。
それだけなら地道に攻めていけばいいと覚悟すればよかったが、妖精だの雪ん子だのと余所見をされてはたまらない。
この上に「わんこ系男子の子犬ちゃん」とか「ふわふわ系男子の綿菓子くん」とかが現れたらどうすればいいんだ。そんな連中が現れて目の前の獲物がかっさらわれたら。
「やってらんないよ、もう! 結局、他に目移りされるんだったら、いっそこんな可愛い顔はいらないよ! でっかい傷をつけてくれ! 目立つ感じのを!」
「はあ?」
人質にしてナイフを突きつけている少年からの突然の要求に、ザックは戸惑いを浮かべた。
顔に傷をつけるなんてのはもちろんただの脅しだ。売り物に傷をつけては値が下がる。
テオジェンナはルクリュスの可愛い顔を守ろうとするだろうし、ルクリュスは痛い思いをしたくないはずだ。そう思っていた。
ところが、何を思ったのかルクリュスはザックに向かって自分の顔を傷つけろと言い出した。
「横一文字にズバッと! 頰に十字傷でもいい!」
「ちょっと待て、どうしたんだ。落ち着け」
ザックは思わず人質の少年をなだめた。
「その可愛い顔は大事だろうが! 傷なんてつけたら愛しの侯爵令嬢がショック死するぞ!」
「どんな手を使ってでも蘇生させるから構わないよ! もう面倒くさいから顔にでっかい傷を作って「こんな顔じゃお婿にいけないよ~。ぐすん。テオがもらってくれる?」っていう方向性で行くことにした!」
「そんな決意を固められても!」
「目の前で僕が傷つけられれば「自分がいながら……」っていう罪悪感につけ込めるだろうし!」
「な、なんて汚い手を……」
こんな状況下でえげつないやり方で一人の少女の人生を手に入れようとするルクリュスの性根に、ザックは唖然とした。
そんな薄汚いやり口に利用されてたまるものか。
「そんな弱みにつけ込むようなやり方で相手を手に入れて、幸せになれると思っているのか!?」
「まっとうなやり方じゃ手に入らなかったんだから仕方ないだろ! とりあえず手に入れないことには幸せもクソもねえんだよ!」
人質を諭す悪人と、悪人もドン引きするようなことを言う人質。
そんな二人をほけーっと眺めていたフロルは、床に膝をついたままのテオジェンナにてててっと駆け寄った。
「あのぉ、大丈夫ですかー?」
屈みこんで尋ねると、テオジェンナが顔を上げてフロルと目が合った。
「ぎゃあああ! 至近距離で見ると余計に可愛いーっ! 雪ん子がここにいるーっ! 冬の忘れ物! 誰か早く迎えにきてあげて! 雪の女王様ー! 雪の華一つ落としていってるよーっ!!」
「コラぁっ! フロル! テオの心を惑わすな!!」
首を傾げるフロル。フロルの可愛さに正気を失うテオジェンナ。テオジェンナを惑わすフロルに怒るルクリュス。ルクリュスにドン引きするザック。
事態は混乱を極めていた。