15
***
「あそこか……」
猫に案内されてたどり着いた先には、丘の上に立つ古い屋敷があった。
テオジェンナは屋敷の裏に回り、馬を繋ぐと慎重に中の様子を窺った。
どこからか屋敷の中を覗けないかと思ったが、大きな窓はほとんど木の板で塞がれており、小さな窓から見えるのは廊下ばかりであった。
「これでは、どの部屋にルクリュスがいるのかわからない……」
中に入って調べるしかないかとテオジェンナが決意しかけたその時、何か小さいものが視界をよぎった。
思わずその動きを追いかけると、壁を縦に登る一匹のネズミが、するすると窓枠の上部分にたどり着いてテオジェンナを見下ろした。
ネズミはまるで「ついてこい」とでも言うように「チュー!」と一声鳴いて、窓枠の上を走り出した。
普通なら「なんだ。ただのネズミか」となるものだが、もちろんネズミはただのネズミではなかったし、テオジェンナは普通じゃなかった。
「そうか。ルクリュスが可愛すぎるからネズミもルクリュスを助けようとしてくれるんだな」
あっさり納得すると足音を立てないようにネズミを追いかけた。
ネズミはある小さな窓の上で止まった。
テオジェンナが窓にそっと手をかけると、ガタリと音がした。壊れて取れかけていた窓枠に力を加えると、ミシミシと鳴りながらも大きな音は立てずに窓枠をはずすことができた。
「よし! ここから中に入れるな」
「チュー!」
ネズミは先導するように廊下をちょろちょろ走っていく。
テオジェンナも小さな窓をくぐって廊下に降り立った。みしり、と床が軋む。
「こんなお化け屋敷のようなところに閉じこめるだなんて……小石ちゃんの取り扱い方法を全く理解していない! 真綿で包み絹で磨くがごとく丁重に扱うことを心がけるのが基本だろう!」
小さな窓から差し込む月明かりでかろうじて見える家の中の様子にテオジェンナは憤った。
しかし、月の光が届くのはごくわずかな範囲で、奥へ進めば真っ暗で何も見えなくなる。テオジェンナは暗闇の中で光るネズミの目を頼りに、壁に手を添えて慎重に一歩ずつ奥へ進んだ。
(明かりがないとこれ以上は無理だな……)
一度引き返すべきか、と逡巡するテオジェンナの前方で、ネズミの目が暗闇を垂直に上り始めた。
どうやらそこに壁か扉があるらしい。テオジェンナが手を伸ばして確かめると、取っ手らしきものに触れた。
音を立てないように扉をそっと開けると、ほのかに明るい部屋の中央に、二人の男がテーブルを囲んでいるのが見えた。テーブルの上に置かれた小さなランプが男達の顔だけを照らしている。
(あのランプが手に入れば……)
男達は何か食料を摘みながら話している。背後からそっと近づいて、一人を倒して、もう一人が声を出す前に倒せるだろうか。
この屋敷の中に何人いるかわからないが、そう多くはないはずだ。テオジェンナは腰の剣に手をかけた。
「にしても惜しかったな。邪魔さえ入らなきゃよぉ」
「いくら可愛くても男じゃ捕まえても楽しくねえよな。あのご令嬢の怯えた顔が見れると思ったのにな」
愚痴るような男達の会話の内容から、二人が誘拐に荷担しているとわかった。
テオジェンナは身を屈めると素早く部屋に入り、足音を立てずに忍び寄り、まず一人の首筋に手刀を叩き込んだ。
「なっ……」
立ち上がりかけたもう一人が声を上げるより早く、鞘から抜かずに剣で喉を突いた。
「がっ」
喉を抑えた男がガタガタと音を立てて崩れ落ちようとしたのを、すかさず腹に拳を叩き込んで静かにさせる。
「……ふっ」
椅子に沈み、テーブルに突っ伏した男達を、テオジェンナは冷たい目で見下ろした。
「小石ちゃんを捕まえておいて、楽しくないとは何事だ? 捕まえさせていただけたことを一生涯感謝し続けろ! 貴様らごときが小石ちゃんを捕まえるなど、地獄の業火で千回焼かれても償えるものではない大罪だぞ!」
憤りながらランプを手に取ると、テオジェンナは再び廊下に出た。