13
ルリーティアは一人、庭に出て夜風に吹かれながら空に向かって祈っていた。
彼女の末の息子が人身売買組織に誘拐され、いまだ無事にみつかっていない。
港湾で取り押さえられた船には末端の連中しか乗っておらず、彼らの口から組織の本拠地の場所を聞くことはできなかった。下っ端はあまり高く売れない商品を回されるだけで、詳しいことは知らないようだ。
ルリーティアの息子、ルクリュスは間違いなく高級品だ。ということは、組織の中でもそれなりの地位の者が動いているはずだ。わざわざ神父のふりをして学園に侵入する手間と時間をかけても利益が出るくらいの逸材なのだろう。
(私の息子だもの。当然だわ)
ルリーティアは目を伏せて考えた。
この世の誰よりも可愛く産んだ息子は捕まって怯えるような性分ではない。きっと冷静に敵の隙を窺っているはずだ。
高級品は他の品物とは別ルートで運ばれるはず。普通なら船で外洋に出るか、馬車で国境を越えるしかないが、港湾にも国境にも既に兵は配備されている。
(移動距離が長いほど捕まる危険は多くなるわ。日数がかかればそれだけ品物も弱る……高級品ならできるだけ綺麗に、元気なうちに届けたいはず……)
ルリーティアははっと気づいた。
(まさか、この国の中で取引が行われるのでは?)
国外へ逃げられることを警戒して国境を越える者を取り締まっているが、犯人はまだこの国にとどまっているのではないか。
だとしたら、どこに隠れるだろう。夜に移動すれば目立つ。兵の目を逃れるためには、遠くへ逃げるのではなく、近くに隠れてやり過ごしているのでは。
ルリーティアがいろいろな可能性を案じていたその時、誰かが音もなく庭に入ってきた。
「子を拐かされるなど、さぞかし胸が引き裂かれる想いでしょう」
いたわりを込めた言葉に、ルリーティアは即座に声の主を悟って背筋を伸ばし頭を下げた。
「王妃殿下におかれましては、我が息子のことで御心を騒がせ奉りましたこと、誠に……」
「顔を上げてください。王立の学園から貴族の子がさらわれたのですから、王家に責任があります。わたくしからも謝罪を述べますわ。それに、ルクリュス様はわが夫にとっては甥にあたります。心配して当然ですわ」
ルリーティアの隣に立った王妃は沈痛な面持ちで短く息を吐いた。
「学園の生徒会長は我が息子ですしね。他人事ではありません」
「王妃様……」
ルリーティアは元王女で、王と結ばれる前は公爵令嬢であった王妃よりも年上であるが、二人が並ぶとルリーティアの愛らしさを失わぬ可憐な容姿と王妃の威厳ある仕草のためにまるで年齢が逆の姉妹のように見えた。
「夫と息子も捜索に尽力していますし、わたくしも何か役に立たなければと、彼女達に協力を仰ぎましたの」
王妃の言葉に続き、二つの人影が庭に現れた。
「あ、貴女様方は……っ」
歩み寄ってくる二人を見て、ルリーティアは目を見開いた。
「王妃様、お待たせいたしました」
「わたくしにまで声をかけていただけるだなんて、驚きましたわぁ」
「フォックセル公爵夫人にヴェノミン伯爵夫人?」
驚くルリーティアの隣で王妃は鷹揚に微笑む。
「学生時代、わたくしにとってもっとも手強い強敵であった二人よ」
「まあ。いやですわ、王妃様ったら。お戯れを」
「お二方に比べたらわたくしなど無力な小者ですわぁ」
王妃の言葉を聞いて、公爵夫人と伯爵夫人は「ほほほ」と声を合わせて笑った。
「謙遜はいいわ。貴女達の抜け目のなさと情報収集能力には何度も舌を巻いたものよ。その力を今こそ貸していただきたいの」
「王妃様のご命令とあれば」
「わたくしの娘も狙われたのですもの。絶対に逃がしませんわ」
王侯貴族の女性にとっての力は即ち情報である。どんな小さな噂も拾い上げる耳と、数多の声の中から確度の高いものを見極める目、そして何より友人という名の情報網。その三つが女の戦場における武器である。
「王都から兵士が各地に散らばる前に身を隠したとすると、この範囲があやしいかと……」
「そういえば、友人に聞いた話ではこの街では子供の行方不明が多いとか……」
「隠れ家となりそうな場所は……」
「もう使われていない空き家に男が出入りするのを見たという噂が……」
王妃が広げた地図を指さして二人が口々に報告する。
二人が持ち寄った情報は一見バラバラであったが、まとめていくとどうもある一つの街が浮かび上がってきた。
その街では子供の行方不明が多く、とある金持ちの館から夜な夜な叫び声が聞こえるという怪談があり、空き屋敷に不審な男が出入りしていたという噂があった。
それは街道を通れば王都から数時間でたどり着く街。港もなく、国境線にも接してない、王都に近いため人は多く馬車が走っていても目立つことはない。
根拠はない。だが、闇雲に捜す前に確かめる価値はあると、ルリーティアは判断した。




