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王太子レイクリードは学園からまっすぐゴッドホーン家に移動し、ルクリュスの父母に事情を説明した後すぐに城に戻ってきた。
「この後、ゴッドホーン侯爵家の者達が来る。部屋を用意しておけ」
侍従に命じて、自身は宰相の元へ向かう。
賊が学園に侵入し、貴族の子供をさらった。
もちろんとんでもない大事件であることは間違いなく、全力で捜査にあたるべきなのだが、今のレイクリードはこっちにかかりきりになれない状況だ。
ノースヴァラッドの王女が行方不明。
こっちは下手すると戦争がおきかねない。
勝手に押しかけてきた娘がいなくなったからといって、こちらが責任を押しつけられるのは理不尽だが、向こうの国王がどんな解釈をするかわかったもんじゃない。
王女が姿を消したのは国境を越えてこの国に入った後だ。この国でいなくなったのだからこの国が全面的に悪いといって攻め込んでくる可能性も決して低くはないのだ。
向こうから難癖つけられる要素を少しでも減らすため、表向きレイクリードは王女の捜索に全力を傾けているというていでいなければならない。
王女捜索に人員を割いているため、ルクリュスの方に全兵力を投入できないのも辛い。せめて王家はゴッドホーン家をの子息を見捨てたわけではないと示すため、また情報をすぐに伝達するためにも、侯爵夫妻に王宮にいてもらうぐらいしかできない。
(もしも、ルクリュス・ゴッドホーンが見つからなかったら……)
テオジェンナがどうなってしまうのか。
想像もつかなくて、レイクリードは暗澹たる気分に陥った。
***
到着したゴッドホーン家の三人、ガンドルフ、ルリーティア、ロミオは王宮の一室に通されて手厚く遇された。
ほどなく、ロミオの他の息子達も集まってくる。
「父上!」
「親父!」
どしどしと足音を立てて、岩石どもが集結した。
「賊め! 我が弟をかどわかすとは不届きな!」
はち切れんばかりに肩の筋肉を怒らせるのは岩石その1こと長男のジークバルドだ。
「まったくよぉ……捕まえたらただじゃおかねえぜ」
こみ上げる怒りを抑えようと、ミキミキ鳴る腕の筋肉をさする岩石その2こと次男ガイウス。
「うむ! ルクリュスに傷一つでもつけたらその時は……」
眉間にしわを刻むのは岩石その3こと三男デュオバルド。
「その時は生まれてきたことを後悔させてやるぜ!」
拳を手のひらに叩きつけて岩石その4こと四男オーガストが言う。
「でも、ほとんどの部隊は王女の捜索で出払っちまってるからなあ。俺達だけ呼び戻されたが」
不満げに顔をしかめて岩石その5ことダミアンが舌を打つ。
「王女の捜索に向かわせた部隊の何割かをルクリュス捜索に向けてくれるとは思うけど……俺達だけで探した方が早いかもな」
頭をがりがり描きながら岩石その6ことギリアムが兄弟を見回した。
「探しにいくなら俺も連れてってくれよ、兄貴達!」
まだ学生の身の岩石その7ことロミオは置いていかれてはたまらないと声をあげる。
「ロミオ。お前はまだ学生だ。連れて行くわけにはいかん」
当主ガンドルフが首を横に振る。
「そうだ。それに、お前には他に重要な役目がある」
「役目?」
ジークバルドの言葉に眉をひそめるロミオに、ダミアンが言った。
「テオジェンナを見張るんだよ」
『ああ……』
その場にいた全員が思わず納得した。
テオジェンナ・スフィノーラ。
彼女はゴッドホーン家の岩石達にとって特別な存在だ。
誰よりも愛らしい末の弟を誰よりも愛しているのがテオジェンナだ。幼い頃から今まで、「ルクリュスが可愛い」という理由でテオジェンナが何度死にかけたことか。数えるのも嫌になる。
「ロミオにはスフィノーラ家へ行ってテオジェンナを宥める役目を頼みたい」
「俺が宥めたところでどうにかなるテオジェンナじゃねえよ……」
ロミオは同年代の男になら負けない自信があるが、テオジェンナを抑えられるかは断言できない。
「大丈夫だ。トラヴィスも心配して様子見に戻ったから、二人がかりなら……」
テオジェンナの兄、トラヴィスの同僚であるギリアムがそう言い掛けた時、せわしない足音が響いて、室内に蒼白な顔の青年が駆け込んできた。
「トラヴィス!?」
常に寡黙で冷静なスフィノーラ家の嫡男トラヴィスは、肩で息を吐きながらこの場にいる全員が今一番聞きたくない一言を吐いた。
「……テオジェンナが、いなくなった」
大抵のことには動じない岩石侯爵家の男達が、青ざめて息を飲んだ。