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それからしばらく経って、大きく揺れたかと思うと馬車が停まった。
二人の男が乱暴に幌を開けて乗り込んできて、身を固くするルクリュスを担ぎ上げて車から下ろし、真っ暗な屋敷の中に運び入れた。
「おら。今晩はここで大人しくしてな」
家具も何もない部屋に投げ入れるように転がされて、ルクリュスは「うぐっ」と呻いた。乱暴に扉が閉められる。室内は真っ暗で、唯一の明かりは部屋の真ん中の床に置かれた小さなランタンだった。
(チッ、野蛮人どもめ……!)
内心で舌打ちしたルクリュスが体を起こそうとした時、この場にそぐわない柔らかい声がかけられた。
「あのー、大丈夫ですかー?」
ふわふわとした少女の声に、ルクリュスは驚いてそちらに目をやった。
部屋の隅に、ぐしゃぐしゃになった毛布の上にちょこんと座る、同い年くらいの少女がいた。
長い銀髪を肩に垂らし、純白のドレスを着ているせいか、一瞬、暗闇の中で光り輝いているかに見えた。
ルクリュスはもがいてもがいてなんとか猿轡を外した。
「君もあいつらに捕まったの?」
少女は青い瞳を丸くして首を傾げた。
明らかに高貴な身分の少女だが、ルクリュスと同様に手を縛られているというのに悲壮感も焦燥も感じられない。事態が飲み込めていないように見える。
「僕はルクリュス。君は?」
「私はー、フロルといいますー。よろしくー」
微笑む少女のおっとりと間延びした喋り方に、ルクリュスは少々苛立った。
(誘拐されてるのになんでそんなに呑気なんだ? ……しかし、フロルなんて名の貴族、この国にいたかな?)
フロルという名前はルクリュスの頭の中の情報網に引っかからなかった。
「他国の人間か? なんでこんなところに……」
「えっとー、私ー、お父様の命令でー、お見合いに来たんですー」
フロルはぷくっと膨らませた頰に指を当てた。
「でもー、そのお見合い相手には婚約者がいるんですー。それなのにー、お父様が強引にー」
スローテンポな話を要約すると、娘を条件のいい相手に嫁がせたい馬鹿親父が、すでに婚約者のいる男に権力でごり押しして娘と結婚させようとしているらしい。だが、娘本人は男と婚約者を引き離すのが嫌で、見合いに向かう道中、お供の隙を見て逃げ出したそうだ。
「家に帰ってー、も一回お父様に抗議してやるんですー」
フロルは父親に対してぷんぷん怒っているが、一人でふらふらと逃げ出した挙句に人さらいに捕まっているのだから、父親がちゃんとした相手に嫁がせたかった気持ちもわかる。放っておくと危なっかしくて仕方がないのだろう。
「でも、よく逃げだせたな?」
「ええ。宿に泊まった時に窓からー」
「飛び降りたのか?」
まさかそんなわけないと思いながらルクリュスが言うと、フロルは「あははー」と笑った。
「いいえー。下には見張りがいたからー、窓から屋根に飛び乗ってー、あとは建物の屋根から屋根へ飛び移ってー」
「ちょっと待った」
ルクリュスは話の途中で口を挟んだ。
「屋根から屋根へ飛び移っている最中に捕まったっていうのか?」
「いえいいえ。屋根の上を移動していたのは街中だけでー、森の中ではちゃんと地面を歩いてましたー。そしたら、親切な方々が私の国まで送ってくれるって言ってー」
どうやらフロルは人さらいに捕まった自覚がないらしい。
ルクリュスは「けっ」と吐き捨ててフロルから顔を背けた。
ルクリュスは兄達やテオジェンナのような純粋でまっすぐな馬鹿は大好きだが、考えなしのお花畑は好きではない。
(世間知らずに付き合ってられるか)
フロルに興味をなくしたルクリュスは、自分が助かる方法を探して頭を巡らせ始めた。




