7
「ん……」
ルクリュスは不快な振動で目を覚ました。
辺りは暗い。目を凝らすと、ぼんやりとした黒い影がいくつも見える。ゴトゴトと振動音がうるさい。
起き上がろうとしたが、手首に食い込む縄の感触に眉をしかめることしかできなかった。後ろ手に縛られている上に猿轡もかまされている。
身動きできない状況であることを認識すると、途端に学園で己の身に起きたことが脳裏に蘇る。
さらわれたのだ。神父——神父だと思っていた何者かによって。
少し目が慣れてくると、黒い影は積荷であることがわかった。全身を揺らして床板にぶつけられる振動が馬車の揺れであることも。
(荷馬車で運ばれているのか……)
身をよじって少し体を起こしてみると、幌の隙間からわずかに白い光が見える。とすると、まだ完全に日が暮れてはいない。
(王都から出て街道を走っているのか? どこまで行くつもりだ?)
ルクリュスは冷静に周囲の状況を把握しようとして、しかし薬を盛られたことを思い出すと自らの不甲斐なさにギリギリと歯噛みした。
(くそっ! あの神父の胡散臭さに少しも気づかなかっただなんて!)
セシリアの母を前にした時も思ったが、自分はまだまだ未熟だ。
ルクリュスが普段、策謀家ぶって余裕でいられるのは、ルクリュスの周りにいるのが(セシリア以外は)おおらかで正直な善人ばかりだったからなのだ。
(結局、僕は自分に優しい世界でイキがっていただけなのか)
自分がまだまだ尻の青い子供であったことを自覚して、ルクリュスは恥じ入った。
(もっと強く、したたかにならないとな……まずは生きて帰るのが先だけど)
とりあえず、馬車が止まるのを待たなければならない。
なるべく体力を温存するために、身を起こして積荷にもたれて振動が響かないようにする。それから目を閉じて、馬車の周囲の音が聞こえないか耳をすませた。
人の声が聞こえればそばに町や村があるはずだし、賑やかになれば町に入ったということだ。
今は車輪の立てる音しか聞こえない。
ルクリュスはじっと心を落ち着けて耳をすまし続けた。




