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 突如、雄叫びを上げて走り去ってしまったテオジェンナと、彼女に引きずられていったロミオを見送って、ルクリュスとセシリアはその場に立ち尽くした。


「……ちょっと離れてくれるか。ひどい臭いだ」

「あら。淑女に対してあんまりなお言葉」


 眉をしかめるルクリュスに、セシリアがにっこりと堅い笑顔を向ける。


「我が家のお抱えの薬師が特別に調合した香りですのに」

「だろうね。甘ったるくて吐き気がするよ。この臭いを男に嗅がせて頭がふわふわになったところにつけ込んで巣穴に引きずり込むのが性質の悪い娼婦のやり口なんだろう?」

「そんな違法薬物と一緒にしないでくださいな。これは合法のものしか使っていない立派な香水ですのよ」


 悪びれることなく言ってのけるセシリアに、ルクリュスは舌打ちをした。

 確かに違法なものではないかもしれない。しかし、いわゆる「媚薬」のたぐいであることに違いはない。そんなものを学園につけてくるとは、女郎蜘蛛の娘を甘く見すぎていたようだ。

 セシリアの正体を知っていて警戒しているルクリュスだから、すぐに気づくことができたが、何も知らずに匂いを嗅いだ男はセシリアに引き寄せられてしまうだろう。


「ご心配なく。この香りの効果はあまり長く続きませんの。もうほとんど消えかけておりますわ。私はただ、ほんの少しロミオ様に私のことを見ていただきたかっただけですの……」


 セシリアは儚げな風情でしおらしい態度を見せるが、ルクリュスはそんなものにはだまされない。腹黒の可愛い子ぶった演技ほど鼻につくものはない。同族嫌悪という奴だ。


「蜘蛛女が男を食うやり口がどんなものか知らないけど、僕の兄上を薬だの術だのでたぶらかすのは全力で阻止させてもらうよ」

「あら、残念。先ほども、ロミオ様を風上に立たせて香りが届かないように邪魔してくれましたわね」


 セシリアはじとりと横目でルクリュスを睨みつけた。先ほどのルクリュスは、セシリアの香りが届かないようにさりげなくロミオを遠ざけていた。

 ルクリュスはふん、と鼻を鳴らしてさっさと教室に向かった。



 セシリアはすっと笑顔を消して氷のような無表情になった。


(あの腹黒弟がいては、ロミオ様を籠絡するのは難しそうですわね)


 しかし、一度これと決めた獲物は逃さないというのがヴェノミン家の家訓である。セシリアはロミオをものにするのを諦めるつもりはない。


(ルクリュス様の動きを封じるには……やはりテオジェンナ様に協力していただくほかありませんわね)


 腹黒弟の唯一の弱点、テオジェンナ・スフィノーラを利用することを心に決め、セシリアは口角を持ち上げた。




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