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 八つ当たりをした日から一週間後、テオジェンナがルクリュスを訪ねてきた。

 兄達ではなくて自分に会いに来たということは、一週間前のことで何か言いに来たのだろうとルクリュスは憂鬱な気分で出迎えた。


 睨まれたり目をそらされたりするかと思ったのに、テオジェンナはきらきらした目をまっすぐに向けてきた。怒っているようには見えない。


「ルクリュス! さあ、これを見てくれ!」


 そう言ってテオジェンナが取り出したのは普通の白いハンカチだった。それを、ルクリュスの目の前でぴらりと広げて見せた。


「うわっ……!」


 広げられた瞬間、ルクリュスは思わず仰け反って叫んだ。

 白いハンカチの右下の部分に、黒と緑の物体が散乱し、その上に血飛沫のような赤が飛び散っている。

 否応なく不吉な想像にかられてしまう物である。


「な、なにそれ? 何か事件でもあったの?」

「事件?」


 テオジェンナはにこにこ笑顔で首を傾げる。


「これは私が刺繍したハンカチだ」

「し、刺繍?」


 言われてよく見れば、血飛沫のような赤も得体の知れない染みのような黒と緑もその正体は糸であった。


「え、と……何かの凄惨な事件現場を参考にしたの?」

「何を言ってるんだ? 見たとおり、アネモネの花と黒猫だ」

「見たとおり!?」


 どう見ても何らかの犯罪の跡か、よからぬ存在を呼び出す呪いの文様にしか見えないが、刺した本人がアネモネと黒猫だというならそうなのだろう。


「えーっと……それで?」


 不吉な図案から目を逸らしつつ、ルクリュスはぽりぽり頭を掻いた。


「この間、ルクリュスが私のことを心配してくれただろう? だから、ルクリュスを安心させるために刺繍をしてみたんだ。初めてだが、なかなか上手くできているだろう」

「ええ……?」


 到底安心できる出来映えではないのだが、テオジェンナは何故か自信満々だ。


(いやいや、ちょっと待てよ。そもそも、この間のあれが僕が心配して言ったことだと思ってるの? あんなの底意地の悪い嫌みだって誰だってわかるだろう? 自分でもかなり意地悪な言い方したと思ってるのに……)


 ルクリュスはちょっと混乱した。


「最初は母上に教わっていたんだが、途中で「もう私の力ではどうにもならない……」と言って席を立ってしまったんだ。私に自分一人で完成させろということだったんだな。侍女達も手伝わないように命令されたのか誰も近寄ってこなかったし」


 それは娘が着々と生み出していく図柄が放つ邪悪な気配に耐えられなくなったのでは。と、ルクリュスは思った。


「自分一人で完成させて自信がついた! これまでは苦手意識があってやろうとも思わなかったが、そのせいでルクリュスに心配させてしまったな。私の将来の心配までしてくれるだなんて、ルクリュスは優しいな!」


 テオジェンナは満面の笑みを浮かべた。


 ルクリュスは唖然とした。






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