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幼いルクリュスは漠然と、大きくなれば兄達のようにたくましくなれるのだと思っていた。
だけど、兄弟の中で自分だけがいつまでも小さなまま——「小石ちゃん」のままだと思い知ったのは、十歳の時だった。
最初の挫折はルクリュスに強烈な疎外感をもたらした。
兄達は岩石なのに、何故自分だけが小石と呼ばれるのか。
ゴッドホーン家の男達は皆その恵まれた肉体で国を守る職務についているのに、ルクリュスはそうなれない。
所詮は小石。小石は岩石にはなれない。
自分は、ゴッドホーン家の男にふさわしい岩石になれなかった、出来損ないの小石なのだ。
十歳にして挫折を味わったルクリュスは、大きな劣等感を抱えてしまった。
自分自身に対する憤りと失望は、ルクリュスを自暴自棄にさせた。
そんな彼の目の前をうろちょろするテオジェンナ・スフィノーラのことが、目障りで仕方がなかった。
テオジェンナはよく兄達と一緒に剣の稽古をしていた。
何故お前がそこにいる。その場所は、本来ならルクリュスのものだ。ゴッドホーン家の八男は自分なのに、自分はそこに混ざることができず、よその家の娘が我がもの顔でのざばっている。
だから、ひどく傷つけてやりたくなったのだ。
「……君は、いいよね。背も高くて剣も振れる……」
薄笑いを浮かべてそう言うと、テオジェンナはきょとんと目を丸くした。
のんきそうなその顔を歪めてやりたいと、ルクリュスは残酷な衝動を抑えられなかった。自分と同じくらい、傷つけてやりたかった。
「でもさあ、男に混じって剣を振ってばかりじゃあ、嫁のもらい手がなくなるんじゃない? 剣よりも針を持って刺繍の練習でもしていた方がいいんじゃないの。その方が侯爵令嬢らしいし」
わざと馬鹿にするような嫌な言い方をしたが、テオジェンナは怒った様子は見せなかった。
「女の子らしいことが何一つできないから、男みたいな格好で剣を振り回してるのかい? 今はそれでいいけど、お年頃になったらどうするのさ。慌てて女の子のふりするの?」
ニヤニヤ笑いながら、ルクリュスは吐き捨てるように言った。
「どれだけ努力したって男の力には適わないんだから、剣の修行なんかしたって無駄だろ。諦めておとなしく刺繍でもしてろよ!」
苛立ちを毒舌に変えてテオジェンナにぶつけたルクリュスは、身を翻して自宅まで駆け戻った。
家に帰ってすぐに後悔した。
テオジェンナは何も悪くないのに、一方的に憤懣をぶつけてしまった。
自分の場所をテオジェンナに盗まれたような気がして酷いことを言ってしまったが、ルクリュスが小柄なのも非力なのもテオジェンナのせいではないのに。
体が小さいから心まで小さく生まれてしまったのだろうか。父も兄もあんなに豪快な性質なのに、自分だけがどこまでも小さい。
あの後、テオジェンナは理不尽に当たられたことに憤ってルクリュスを嫌いになっただろうか。家人に酷いことを言われたと訴えただろうか。
スフィノーラ家から苦情がくるかもしれない。それはなくとも、嫌われたことは確実だ。次に会う時のことを想像すると腹がしくしくと痛んだ。無視されるか、言い返されるか。
(あんなこと言わなきゃよかった……)
どうにもならない後悔に苛まれて、ルクリュスはくよくよと肩を落とした。




