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レイクリードは憂鬱な気分を隠しもせずに溜め息を吐いた。そばに控える侍従が苦い顔をするが咎められることはない。
特にやることもないのに、学園を休んで王宮で待機しなければならない。北の国からやってくる王女を迎えるために、だ。
招いてもいないのに勝手に出発した相手なんか出迎える必要はないだろう! とレイクリードは苛立ちを抑えられなかった。
(今頃は国境を越えた辺りか? どうせ今日中には到着しないってのに)
学園を休んで「王女の到着を待ちわびていた」という形式を演出しなければならない煩わしさに、レイクリードは舌打ちを漏らす。異国からやってくる姫君への礼儀だと宰相は言うが、おそらくはそれだけではない。レイクリードが婚約者であるユージェニーと会うのを避けるためだろう。
王女を迎える直前まで婚約者と顔を合わせていた、ということが知られれば、向こうは気分を害するだろうという配慮らしい。
(ユージェニーの王宮への立ち入りも禁じられて、母上が激怒していたな……)
王女の態度次第では王宮で女の戦争が起きるかもしれない。
暇つぶしに執務室で報告書をめくっていると、にわかに辺りが騒がしくなった。
「何があった?」
走り回っていた宰相を捕まえて尋ねると、彼は見たこともないほど青い顔をしていた。
「殿下……そ、それが、たった今報告があって……ノースヴァラッドの王女が行方不明になったと……」
「何だって!?」
報告によると、ノースヴァラッドの一団は国境を越えて近くの町に宿をとった。
翌朝、王女の部屋はもぬけの殻になっていたらしい。
「詳細は確認中ですが、国境を越えてからのことですから、王女に何かがあったらノースヴァラッドの怒りが我が国に……」
宰相は今にも泡を吹いて倒れそうな様子だ。
王女には護衛もそばに控える侍女もたくさんいたはず。
さらわれたのか、或いは自らの意志で姿をくらましたのか。
いずれにしろ、一刻も早くみつけなければ大変なことになる。
「それで、何か手がかりはないのか?」
「今のところは何も……」
「宰相様!」
血相変えた文官が走ってきたのでてっきり王女の件で何かわかったのかと思ったのだが、文官が報告したのはまったく別の事件のことだった。
「今朝、港湾兵が国際的な人身売買組織のものと思われる船を押さえたのですが……解放された者の中に……」
それを聞いたレイクリードは息を飲んで青ざめた。




