9
テオジェンナが教室で悶えていた頃、ルクリュスは中庭にいた。
「……はあ」
肩を落としては溜め息を吐く。
脳裏にはセシリアに言われた言葉が貼り付いていた。
ルクリュスがぼやぼやしている間に、テオジェンナ好みの愛らしい見た目の男が現れて、テオジェンナを奪われる。
それはまさにルクリュスが最大に危惧していることだった。
テオジェンナは可愛い子が好きだ。
長年ずっとルクリュスの可愛さに悶えてきたが、最近はセシリアの可愛さにも高ぶっている。
自分以外の人間がテオジェンナの心を騒がせているのは気に入らないが、セシリアは女子だからまあ許容してやってもいい。
だが、もしもテオジェンナの心を騒がせるほど可愛い男子が現れたらどうなるだろう。
たとえば、小柄な体に、ぱっちりとした瞳を常にきらきら輝かせている、元気で素直な子犬系男子とかが現れたら。
テオジェンナが「子犬ちゃん子犬ちゃん」とときめいている姿が容易に想像できて、ルクリュスは嫌になった。
かくなる上は多少強引にでも婚約を結んでしまうべきか。ゴッドホーン家に反対する人間はいないし、テオジェンナの父はいくらでも言いなりになる。
(いや、そうじゃない。それじゃ駄目なんだ)
親の間で話を通して婚約に持ち込んだりしたら、テオジェンナは「幼馴染で家格も釣り合うから無難にまとめられたのだ」と誤解しかねない。
そうではなくて、ルクリュスはあの日からずっとテオジェンナの隣に立つために努力してきたのだということをーー
「うわっ」
背後で誰かが悲鳴をあげた。はっと振り向いたルクリュスの目に、神父のハンネスが怯えて後ずさる姿が映った。
「ル、ルクリュス様? その呪いの文様が刻まれた布はいったい……?」
ハンネスはルクリュスが広げてみつめていたハンカチを指してそう尋ねてきた。
気持ちはわかる。黒と緑の何かが這い回っている上に赤い血飛沫が飛んでいるようにしか見えない図柄だからだ。幼い子供に見せたら一発で泣き出すだろうこと間違いなし。気の弱い大人でも悪夢にうなされるだろう。
しかし、十人中十人が「呪われている」と判断するそのハンカチが、ルクリュスの宝物なのだ。
「これは、僕の幼馴染がくれたハンカチなんです」
「幼馴染……とすると、テオジェンナ嬢がですか? 失礼ですが、あの方がこんな呪物を生み出すとは思えないのですが」
「呪物ではないです。毎日持ち歩いていても不幸になったりしませんから」
ルクリュスは苦笑いを浮かべて立ち上がった。
「僕にとっては、小さな人間だった僕の悩みを吹き飛ばしてくれた宝物なんです」




