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ロミオはいつものようにクラスメイトと軽く談笑した後で教室を出ていこうとしたが、間一髪ぎりぎりでテオジェンナが「ロミオ!」と言って駆け込んできた。
ロミオは思わず舌打ちした。長年の付き合いで、テオジェンナが何かしら面倒くさい精神状態であることを一目で見抜いたのだ。こういう時、テオジェンナは絶対に突拍子もないことを考えている。
「どうした?」
聞きたくないが、この状態のテオジェンナを野放しにするわけにはいかない。まず間違いなく自身の可愛い弟が関わっているであろうから余計にだ。
テオジェンナの妄言に付き合う覚悟を決めたロミオに向かって、テオジェンナがこう言った。
「聞いてくれ! 私はルクリュスと婚約したいと思っている。協力してくれないか?」
ロミオは目を瞬き、次に眉間を押さえ、それから数秒間天を仰いでからテオジェンナをまっすぐに見た。
「……正気か?」
乙女の告白に対する答えとしては最低の返しだが、相手はテオジェンナなので仕方がない。
ゴッドホーン家の人間がテオジェンナとルクリュスの婚約に二の足を踏んでいたのはひとえにテオジェンナの命の保証ができなかったゆえだ。
ルクリュスが名を呼べば叫び、駆け寄れば倒れ、そばにいるだけで死にかけるテオジェンナに、ルクリュスとの婚約など致命傷になりかねない。
慎重に限界を見極めつつ進展させていこうとしていたというのに、テオジェンナの方から婚約を持ちかけてくるとは。
「なんでいきなりその気になったんだ? これまでずっと頑なに拒否してたのに」
可愛いルクリュスに自分はふさわしくない。
テオジェンナは昔からずっとそう思い込んでいた。
その強固な思い込みがそう簡単に解消するとは思えなくて、ロミオは尋ねた。
「安心しろ、ロミオ。これは偽装婚約だ」
「はあ!?」
一つも安心できない言葉が出てきて、ロミオは眉根を寄せた。
テオジェンナは悪びれるどころか胸を張って言う。
「可愛い小石ちゃんを狙ってくる輩から、私が盾になって小石ちゃんを守るんだ!」
「ああ……そういう……」
ロミオはがくりと肩を落とした。
どうせ、ルクリュスを見初めた権力者が無理やり彼をさらう妄想でもしたのであろう。
「偽装じゃなくて、本気で婚約したいんなら協力するけどな」
ロミオは首を振りながらテオジェンナの横を通り過ぎた。
「俺はルーに「偽装婚約しろ」なんて言えねえからな。全部自分でどうにかしろよ」
素っ気なく言い置いて、ロミオは教室を出た。
(少し遅くなっちまった)
毎週この曜日の日は友人達と剣の手合わせをしている。皆もう始めているだろう。
自分も急がなくては、と、ロミオは足早に廊下を渡った。