3
「ええ!? 婚約解消?」
テオジェンナは驚いて声をあげた。
「まだ、そうと決まってはいないわ」
ユージェニーは冷静を装っているが、思いもかけぬ事態に戸惑っているのがよくわかった。
「そんなこと、ありえないだろう。ユージェニー以外の誰が王太子妃になれると言うんだ?」
ユージェニーが落ち込んでいる様子なのがテオジェンナには理解できなかった。この国にユージェニー以上に王太子妃にふさわしい女性はいないと断言できる。血筋と家柄によって王太子の婚約者に選ばれ、血のにじむ努力でその地位にふさわしい知識と教養を身につけて並ぶもののない令嬢となった彼女を、王家が、王太子が、手放すはずがないではないか。
だが、ユージェニーは小さく溜め息を吐いて言った。
「北の大国、ノースヴァラッドの国王が、可愛がっている末の王女の嫁ぎ先にこの国を選んだそうなの」
ノースヴァラッド国王は末子の王女を目に入れても痛くないほど可愛がっており、自国内の貴族に嫁ぐよりも他国の王妃にしてやりたいと言っているらしい。
それで、政情が安定しており、それなりに豊かで、戦争が起きそうな火種も見当たらない平和なこの国に目をつけたということだった。
「だが、殿下がそんな申し出を受けるはずがない」
誰よりもユージェニーを高く評価しているのはレイクリードだ。生徒会に所属する人間はそのことをよく知っている。彼がユージェニーを軽んじたりおろそかにしたことは一度もない。
「殿下は反対してくださっているわ。でも、ノースヴァラッド国との繋がりを歓迎する貴族も多いのよ」
テオジェンナは言葉をなくした。
レイクリードの他にはユージェニーの父であるフェクトル公爵、王妃とその実家のフォックセル公爵家は幼い頃からの婚約に横槍を入れてきた北の大国に憤っているが、北に領地を持つ辺境伯をはじめとする北部貴族はノースヴァラッド国の不興を買うのは得策ではないと主張しており、国王は頭を抱えているという。
「それで、王女はすでにこの国に向けて出発したらしいの」
「ええ!?」
「どうやら、強引に顔合わせをするつもりみたい。殿下は二、三日は動けないし、わたくしもしばらくは王宮に行けないわ」
なんてことだ。テオジェンナは愕然とした。
ノースヴァラッド王がどれだけ王女を溺愛しているか知らないが、これではこの国の王家と公爵家の間に亀裂が入りかねない。
侯爵である父にも話は届いているだろう。約束を違えたり不義理を許さない厳格な父であればユージェニーを支持するに違いない。
しかし、王女を送り返してノースヴァラッド王の怒りを買うと、北部の守りを固めなければいけなくなる。
「心配しなくて大丈夫よ。わたくしは殿下とお父様にすべてお任せするわ」
不安になるテオジェンナを宥めるように、ユージェニーが力強く言った。
「お二人なら、必ずやこの国にとって一番よい決断を下してくださるでしょうから」