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ルクリュスはしかめっ面で眉間を揉んでいた。
寝不足だ。
あの日、セシリアの母にしてやられたのが悔しくて、自分ももっと武器を増やさねばと思うものの、女郎蜘蛛に対抗できる何かが思い浮かばない。
昨夜も考えすぎて眠れなくなってしまった。
「ルクリュス様ったら、最近お疲れのようですわね」
弱った獲物は逃さないのが腹黒系のたしなみだ。当然のごとくセシリアが絡んでくる。
「先日は母が失礼しましたわ。お詫びもかねて、近いうちにまたロミオ様を我が家にお招きしたいわ」
「……調子にのるなよ」
ルクリュスは眉間を揉む手を止めてセシリアを睨みつけた。もちろん、その程度で怯むセシリアではない。
「あーら。ごめんなさい。私、ルクリュス様のように何年もグズグズするつもりはありませんの」
セシリアがふっと鼻で笑うと、教室内の空気が冷たくなった。
空気って、どうして空気を読んで温度を下げるんだろう。クラスメイト達はそう思った。
腹黒同士の会話の途中は気温を下げなくちゃいけないって空気業界で決まってるの? マニュアルとかあるの? 空気に訊いてみたい。
クラスメイト達がおのおのの頭の中で空気と対話する方法を模索する中で、ルクリュスは口を開いた。
「舐めるなよ。僕はこれまで僕の姿を見るだけで叫んだり倒れたり自主的に天に召されようとする相手と渡り合ってきたんだ。蜘蛛女ごときに見下されるいわれはないね」
苛立ちを多分に含んだ言葉だった。
(そうとも。僕たちの問題はテオが僕を好きすぎることだけなんだから、テオがもう少し落ち着いたらすぐにでも)
ルクリュスがそう考えると、その考えを読み取ったかのように
セシリアが言った。
「いつまでもテオジェンナ様を理由にして、肝心なところに踏み込もうとしない臆病者にこそ言われたくありませんわ。周りを威嚇して外堀埋めた気になって満足して、テオジェンナ様とまっすぐ向き合うことからは逃げているんじゃありませんの?」
「なんだと……」
ルクリュスは奥歯をぎちっと噛み締めた。
クラスメイト達は泣きそうになった。腹黒怖い。
「ルクリュス様がそうやってぼやぼやしている間に、テオジェンナ様好みの愛らしい殿方が現れて、テオジェンナ様の心をさらってしまえば愉快ですのに」
セシリアの言葉に、ルクリュスはぐっと喉と鳴らした。
クラスメイト達は一層冷たくなった空気に、凍えることしかできなかった。