17
夫人は小瓶を見せつけて言う。
「セシリアとロミオ様がラブラブになるのを阻止したければ、彼が目覚める前にこれを奪ってごらんなさぁい」
挑発的な態度に、ルクリュスは苛立ちを募らせた。
「舐めるなよ! 僕だってゴッドホーン家の息子だ!」
小柄で非力なルクリュスだが、兄達とは違う戦い方ができる。
「ハンゾウ! サスケ! クモスケ!」
ルクリュスの呼び声に応えて、三羽の黄色い鳥が窓から飛び込んでくる。
鳥達はまっすぐ夫人に向かって突っ込んでいく。
だが、夫人は少しも慌てずに手を挙げた。
「ブリュンヒルデ!」
夫人が一声叫ぶと同時に、大きな羽音が響いた。
次の瞬間、ルクリュスの視界を黒い翼が遮った。
一話の巨大なオウムが、夫人の腕にとまってその大きな嘴と翼で小鳥達を蹴散らした。
「ほほほ。わたくしのペットですの。可愛いでしょう?」
小鳥達が逃げていくのを見送って、夫人が嗤う。
「くっ……ならば、タメゴロウ!」
「にゃーんっ」
ルクリュスの声に応えて、走ってきた猫が夫人に飛びかかる。
だが、しかし。
「キャットニップボール!」
夫人が手のひらサイズの何かを投げる。すると、タメゴロウはあっさり向きを変えて、夫人が投げたボールのようなものを追いかけて、それを捕まえてゴロゴロ喉を鳴らす。
「ヴェノミン家特製のマタタビでしてよ」
「ぐっ……」
ルクリュスはぎりっと奥歯を噛み締めた。
手強い。女郎蜘蛛と異名をとる伯爵夫人の情報は掴んでいたが、まさかここまでとは。
「もう終わりかしら?」
「―― 舐めるなよ! 全部隊出動!」
ルクリュスの号令に応えて、ネズミの大群が床を走る。
「これだけの数のネズミを撃退できるかな!?」
ルクリュスは勝ち誇って胸を張った。
だがその時、控えていた二人の侍女が動いた。
「「奥義 蜘蛛の糸!!」」
二人の手から放たれた無数の白い糸が、ネズミ達の体を捕らえて身動きできないように絡みついた。
「何っ!?」
「ほほほほ! 我が家の侍女は特別な技能を身につけていますの」
夫人の高笑いが響いた。
「お友達は皆こちらの手の内でしてよ。どうなさるおつもり?」
「っ……」
ルクリュスは悔しげに唇を噛んだ。
かくなる上は、ロミオだけでもこの場から連れ出さなければ。しかし、テオジェンナをこの蜘蛛の巣に置き去りにすることはできない。
そもそも、ルクリュスの腕力ではロミオどころかテオジェンナですら運び出すのは不可能だ。
(どうする? どうすれば――)
ルクリュスが必死に頭を巡らせる様子を、夫人は余裕の笑みを浮かべて見下ろしていた。