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あの日から、セシリアはロミオのことだけをみつめていた。
どんな手を使ってでも、ロミオを手に入れてみせる。
そう決意したセシリアだったが、愛しのロミオのそばには最大にして最悪の障壁があった。
ルクリュス・ゴッドホーン。
ロミオも上の兄達も、この愛らしい末っ子を溺愛していると評判だった。
「岩石侯爵家の小石ちゃん」などと呼ばれている末っ子は、常にその愛らしい笑顔を振りまいていた。
だが、その瞳の奥に一筋の冷たい氷の心が宿っていることに、セシリアは気づいた。
セシリアも同じだからだ。表面上は可愛らしい笑顔を浮かべて、心の中ではどこまでも冷静に計算をしている。
間違いない。あれの中身は猛毒だ。
(あんな毒入り小僧が近くにいては、純朴なロミオ様が汚れてしまうわ!)
セシリアはにっこりと笑いながら、ルクリュスによって移動されたカップに目を落とした。
(——甘いわね。ルクリュス・ゴッドホーン!)
勝利を確信したセシリアはニヤリと口元を歪めた。
こちらを警戒しているルクリュスがカップを入れ替えようとすることはわかっていた。
だから、セシリアは惚れ薬入りのお茶のカップを最初は自分の前に置いていたのだ。セシリア、テオジェンナ、ロミオ、ルクリュスという並びで座っているため、ロミオのカップをセシリアの前に移動すれば、当然セシリアの前にあったカップはロミオの前に行く。惚れ薬入りのカップが。
惚れ薬、といっても、目の前の異性に興奮して動機が早まる程度の効果であるが、それでロミオがセシリアのことを意識するようになってくれれば大成功だ。
「さ、皆様。どうぞ、お飲みになって……」
「わあ~。本当に綺麗で可愛いなあ、このお茶のカップ!」
わざとらしく明るい声で、ルクリュスが自分の前のカップとロミオの前のカップを手にとって眼前に持ち上げた。
「セシリア嬢はセンスがいいね! ね? 兄さん」
「ん? ああ」
ルクリュスはにこにこ笑顔でセシリアを褒めると、さりげなく自分の前にあったカップをロミオの前に、ロミオの前にあったカップを自分の前に置いた。
その入れ替えに気づいたセシリアの頰が引きつったのを、ルクリュスは見逃さなかった。
(……危ない危ない。狡猾な蜘蛛の罠にかかるところだった)
ルクリュスはふうと息を吐いた。
テーブルクロスを回してカップを移動させた時、セシリアがほんの一瞬「してやったり」という目つきになったのを目にして、ルクリュスは彼女の企みを見破ったのだ。
しかし、ギリギリだった。
(油断ならない毒蜘蛛め)
自分の前にやってきた薬物入りのお茶のカップを眺めて、ルクリュスはどうせ他にも何か仕込まれているに違いないと警戒を新たにした。