9
「喉が渇いたわね。お茶を淹れ直させましょう」
ホストである侯爵令嬢がそう言った。
そりゃああれだけピーチクパーチク囀っていりゃあ喉も渇くだろう。他人の悪口ばかり、よくもまあ本人の前で遠慮なく垂れ流せるものだ。
しかも、語彙力がないのか似たようなことを何度も何度も繰り返す。まともに聞いていたらこちらの知能まで下がりそうだ。
そんな風に考えたセシリアの前に、新たなお茶のカップが置かれた。
これを飲んだら帰ろう。
そう思って伸ばしかけた手が、ピタリと止まった。
セシリアのカップに、虫が入っていたのだ。
「どうしたの? 皆で一緒に飲みましょうよ」
「ええ。喉が渇いたものね」
「そうよそうよ」
「早く飲みなさいよ」
品のない顔でニヤニヤと笑う少女達の卑小さに、口をつぐみながらもセシリアの脳内には彼女らを肉体的精神的社会的に抹殺もしくは半死半生にする方法が駆け巡った。
めでたくセシリアの『優先排除リスト』に名を刻んだ彼女達はともかく、この場をどうやって切り抜けるか。
気は進まないが、めそめそ泣いてやれば彼女達は満足するのだろう。ならばそうしてやるか、と思った。
その時、
ぼちゃんっ!!
と派手な音を立てて、水しぶきが上がった。
セシリアのお茶のカップに見事に着地したそれは、のんきな顔で「ゲコ」と鳴いた。
めちゃくちゃでっかいカエルだった。
「……き、きゃああああっ!!」
飛んできたものの正体に気づいた侯爵令嬢が悲鳴を上げ、立ち上がった拍子にテーブルをひっくり返した。
「きゃあっ」
「ひいっ」
「いやあっ」
他三名も悲鳴をあげる。
お茶のカップが割れてしぶきが飛び散り、中庭は大惨事だ。
カエルはそんな騒ぎは我関せずとばかり、「ゲコゲコ」と鳴きながらどこかへ跳ねていく。
「すまーんっ。捕まえようとしたんだけど、逃げてそっちに行っちまったーっ!」
そう言いながら、一人の少年が裏庭の方から走ってきた。
明るく溌剌とした笑顔で駆けてくる背の高い少年。
それがロミオだった。
後で知ったことだが、この家の息子と友人でその日もたまたま遊びに来ていたらしい。
「ん? なんだお前ら。どうしたんだ、地面に座り込んで」
セシリア以外の四人が尻餅をついているのを見て、ロミオは不思議そうに首を傾げた。