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明るい陽光に溢れた屋敷の中は軍人一家のゴッドホーン家とスフィノーラ家の雰囲気とはまったく違い、どこか女性的で柔らかい空気が満ちていた。
「こちらの部屋へどうぞ」
セシリアの案内に従って通された部屋も明るく華やかで、質実剛健な自分の屋敷を見慣れた三人には眩しく見えた。
「わあ~とっても素敵なお部屋ですねぇ! お庭もすっごく綺麗だな~」
満面の笑顔でにこやかにそう言いながら、ルクリュスはさりげなく近寄って窓を全開にした。
とりあえず妙な匂いはしないが、薬品の中には無味無臭のものもある。新鮮な空気の確保は必須だった。
「妖精の家の窓辺でそよ風に吹かれる小石ちゃんっ……! ロミオ、どうやら私の魂はすでに天に召されていたようだ! こんな清らな光景を目にして生きていられるはずがないっ……」
「そうか。大変だな」
目元を押さえてよろめくテオジェンナをロミオがさらっと流す。
「ほほほ。侯爵家の御令息と御令嬢が我が家を訪ねてくださるだなんて。セシリアのおかげで我が家の自慢が増えましたわ」
「もぉ~、お母様はあっちへ行っていらして! 皆様もおもてなしは私がするのです!」
「あらあら。では、お手並み拝見しようかしら」
頰を膨らませたセシリアが愉快そうに笑う夫人を追い出して部屋の扉を閉めた。
「ごめんなさい。お母様が……テオジェンナ様? お顔が真っ赤で震えていらっしゃるわ!」
「テオ? 何やってんの」
何故か口を手で押さえていたテオジェンナに気づいて、セシリアとルクリュスが慌てふためいた。
「息をしろ、このアホ!」
テオジェンナが息を止めていると悟ったロミオが後頭部を叩いて息を吐き出させた。テオジェンナは「ぶはあっ」と息を吐き出して荒い呼吸を繰り返した。
思わぬ奇行に戸惑うルクリュス達の前で、テオジェンナは何かに耐えるように顔を歪ませた。
「くっ……わ、私の吐く息で、この清浄な空間を汚すわけにはいかないっ……今すぐ息の根を止めなければ、私にここにいる資格はないのだっ」
馬鹿じゃないの。
自主的に息の根を止めようとしていたテオジェンナに、さしものルクリュスとセシリアも心の中でそう突っ込みを入れた。
「どこまで馬鹿になるんだよ。お前がそんな風だからあっちの話も進まねーんだよ」
ロミオははっきりと呆れを口に出して言った。あっち、というのはつまり、婚約話である。
セルフで息の根を止める女を大事な弟と添わせていいものか。と、ロミオは二人の婚約に少し反対したくなった。