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ルクリュスとロミオが馬車を降りた時、ちょうどスフィノーラ家の馬車が門をくぐって入ってくるのが見えた。
「お。来たな」
兄弟は馬車が停まってテオジェンナが降りてくるのを待った。
だが、御者が馬車の扉を開けた時、そこにあったのは倒れて動かないテオジェンナの姿だった。
「いや、なんでだよ!」
ロミオが突っ込みを入れながらテオジェンナを助け起こして、馬車から引きずり下ろした。いくらなんでも死ぬのが早すぎる。
「テオ、大丈夫? 死因は何?」
「う、うう……妖精のお家……私、私はもう、門構えを見ただけで心臓が猛り狂って限界だ!」
「門構えですでに……?」
「ロミオ様! テオジェンナ様! ルクリュス様!」
鈴を転がすような声がして、セシリアが満面の笑顔で手を広げた。
「ようこそいらっしゃいました!」
「ぎゃあーっ! 可愛い子が可愛い子の自宅から出てきて可愛い笑顔で近寄ってくるーっ!! 可愛さを前に、私には迎え撃つ手が無い!!」
「テオ、落ち着いて。迎え撃つ必要はないよ」
まだ家に入ってもいないのに、すでに十分に仕上がっているテオジェンナを支えながら、ルクリュスはセシリアの全身に目を走らせた。
やわらかな黄色のドレスを揺らして駆け寄ってくる姿は、テオジェンナからしたら「この世の全てから祝福された春の妖精の以下略」であるが、ルクリュスからすると「自らの巣で完全武装で獲物を待ち構えていた捕食者」にしか見えない。
その微笑みの裏で舌舐めずりしていることだろう。
だが、ルクリュスとて無防備で危険生物の巣に足を踏み入れるほど愚かではない。
「お招きありがとう、セシリア嬢。ほら、兄さんも」
「おう。招待感謝するぜ。これ、ルーが選んだ花束なんだ。受け取ってくれ」
ロミオが抱えていた花束をセシリアに手渡した。
セシリアは大きな花束を抱きかかえるようにして受け取った。
「まあ。ありがとうございます。とっても素敵な……これは、ホシューランの花ですわね。超強力な消臭効果があって、古くから戦場で死体の臭い消しに使われていたため兵士の間では「死人花」と呼ばれている……」
「さすがセシリア嬢! 花に詳しいんだね。ねえ、兄さん。セシリア嬢には花がよく似合うと思わない? そうだ! 兄さん、セシリア嬢の髪に花を飾ってあげなよ」
ルクリュスが輝かんばかりの笑顔でロミオを誘導し、セシリアの髪に超強力な消臭効果のある花をさすように仕向ける。
「うん? こんな感じか?」
「まあっ……!」
ロミオが深く考えず照れもせず花を一輪、セシリアの髪にさくっとさした。
恋する相手に髪に花を飾ってもらうのは乙女の憧れのシチュエーションだろう。
たとえそれが、この日のために用意した「媚薬効果のある香水の甘い匂いを打ち消す超強力消臭花」であったとしても。
もちろん、ルクリュスはそれを狙っていたのだ。
ルクリュスから渡された花束ならばセシリアは笑顔のまま膝で真っ二つに折って捨てて踏みつけるぐらいのことはためらいなくやるであろうが、ロミオから渡されたなら大事に抱きかかえるし髪に飾られたら花がしおれるまでそのままにしておくに違いない。
「ロミオ様……素敵ですっ。ありがとうございますっ」
セシリアもルクリュスの策略には気づいているが、目の前のロミオをみつめるのを優先している。
「が、岩石の国からやってきた騎士の無骨な手で髪に花を飾られてはにかむ妖精の国のお姫様……っ! こ、このドラマティックでロマンチックな光景を絵画にして後世に残さねば!! ちょっと絵師連れてくる!!」
走り出そうとしたテオジェンナの袖を捕えて、ルクリュスはふっと口の端を上げた。セシリアと目が合うと、きゅっと瞳を怒らせて睨まれる。
(お前の思い通りにさせるかよ)
ルクリュスはふん、と挑発的に鼻を鳴らした。
その時、セシリアの背後に音もなく人影が立った。
「あらぁ。いらっしゃいませぇ」
甘い声が響いた。




