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「というわけで、そこの砂袋で私を打ち据えてくれ!」
「なんでだよ」
呼び出されてスフィノーラ邸を訪れたロミオは、渡された砂の詰まった皮袋から手を離した。ドッ、と重たい音を立てて地面に落ちる。
こんな物で侯爵令嬢を打ったりしたらロミオに未来はない。下手すりゃ捕まる。
「ルーのクラスメイトに招待されたまでは理解できるが、『というわけで』から先の内容がまったく理解できねえよ」
「妖精の家に行くんだぞ!? 可愛さの暴力でめった打ちにされても倒れずにすむように心身ともに鍛えておかなくてはならん!!」
「自宅に招待した侯爵令嬢が打撲痕だらけで現れたら、妖精だろうが伯爵令嬢だろうがショックで失神するわ!!」
ロミオはテオジェンナの奇行には慣れっこだが、好き好んで相手をしているわけじゃない。慣れているからといって、面倒臭くないわけではないのだ。本音を言えば、そろそろ落ち着いてほしいと思っている。
(とっととルーと婚約させちまえばいいのに)
実はルクリュスとテオジェンナの婚約話はゴッドホーン家でも何度も話題に上っている。
ただ、「今、僕と婚約なんかしたらテオが死んじゃう」とルクリュスが瞳をうるうるさせて訴えるので、他の家族も「それはそうだ」と納得して先送りにしているだけである。
貴族の婚約には様々な思惑が絡むことが多いが、息子の可愛さで相手の娘が死ぬかもしれないから婚約を申し込めないでいるという特殊な事情で二の足を踏んでいるのはゴッドホーン家ぐらいだろう。
「いい機会だから、ヴェノミン伯爵家で可愛さとやらに慣れさせてもらえよ」
「無理だ。おそらく当日の私は使い物にならないだろう。いざという時は私を置いていけ。ルクリュスを頼んだぞ」
テオジェンナはきりっとした顔つきで言った。
弟のクラスメイトの家でどんな「いざ」があると思っているのか、ロミオにはさっぱりわからないが、適当に頷いておいてやった。
ロミオがテオジェンナの暴走に付き合っていたその頃。
「あの女郎蜘蛛め……」
ルクリュスはテオジェンナとは違う意味で不安を抱いていた。
手にした招待状を忌々しげに睨み、舌を打つ。
ルクリュスを苛立たせているのは、ロミオを誘き出すためにテオジェンナを利用するセシリアの狡猾さだ。
奴はテオジェンナを巻き込めばルクリュスが邪魔できないと知っている。
(冗談じゃない。女郎蜘蛛の館なんかに誘い込まれたら、純朴なロミオ兄さんが食われてしまう)
招かれたセシリアの家は、テオジェンナにとっては「空気まで可愛い妖精のお家」だが、ルクリュスにとっては「女郎蜘蛛の巣」だ。
セシリアの目的はロミオを籠絡して既成事実を作ることだろう。
必ず阻止してみせる、とルクリュスは決意した。




