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「……テオは無事に家に帰り着いたんだね。よかった。ご苦労様、ハンゾウ」
飛んできた小鳥を指先にとめて、チチチ……と鳴き声を聞いた後でルクリュスはその労をねぎらった。
「他に報告のある者はいるかな?」
ルクリュスは自分の周りに集まった小鳥やリス、猫やネズミといった小動物を見渡して尋ねた。
ここはゴッドホーン家の裏庭、めったに人が近寄らない場所である。
ルクリュスはいつもここで定期報告を受けている。
集まった小動物は、ルクリュスが仕込んだ偵察用の部下達だ。
幼きあの日、剣を振るう才がないことを受け入れたルクリュスは、では自分に何ができるかを考えた。
そこで、庭にやってくる小鳥を餌付けして、自分の言うことを聞くように仕込んだ。
今では尾行はお手の物。簡単な言葉も理解して、喋ることは出来ないが文字盤を使って意思の疎通が可能だ。
情報は力だ。情報を握った者が戦を左右する。
戦士になれないのなら、裏から戦いを操る力を手に入れてやる。
情報集めにはこの顔面も武器になる。
ルクリュスが小首を傾げて尋ねれば、たいていの人はなんでも答えてくれる。
そう、たとえば、平素は口の堅い宿屋の主人でも、うっかり口が滑って「身なりの良い貴族らしき常連客」の話を漏らしてしまったりするのだ。
「生徒会の連中には釘を刺したし、スフィノーラ侯爵は脅せば僕の言いなりだ。後はテオの意識を変えるだけだ」
とはいえ、それが一番手強い。
「ま、何とかしてみせるさ」
ニヤリと不敵に笑みを浮かべる少年の姿は、何も知らない者が見ていたとしたら「小鳥やリスなどの小動物に囲まれて楽しそうにしている愛らしい男の子」という大層メルヘンちっくな光景であった。
真ん中の少年の腹の中が真っ黒であるなど、誰も想像もしないだろう。
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「はあ……」
学園の中庭の木陰に腰掛けて、テオジェンナは溜め息を吐いた。
「昨日の記憶がない……」
ルクリュスを生徒会室に連れていったところまでは確かなのだが、その後の記憶があやふやなのだ。
どれが現実で夢なのか判別がつかないのだが、妖精の国に行ったことは確かだ。ルクリュスと二人で馬車に乗って夢のような風景の中を旅した記憶がある。
「いや、あれは幻だったか……?」
「何が幻なの?」
考え事に集中していたテオジェンナは、ひょいっと顔を覗き込まれて死んだ。
「ちょっと!? テオ? なんでいきなり失神……息してない!?」
ルクリュスは顔を覗き込んだだけで死んだ幼馴染を必死に揺り起した。