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「スフィノーラ侯爵といえば、誰もが声を揃えてその高潔な人格を讃えますよねぇ」
念押しするような喋り方をするルクリュスに、ギルベルトは困惑して眉根を寄せた。
「何が言いたい?」
「いやぁ~、僕はただ、スフィノーラ侯爵が「高潔」「質実剛健」という言葉通りの御仁だと、誰もが認めていると言っているだけですよ?」
言葉の表面だけを聞けばこちらを褒めているようだが、ルクリュスの表情特徴はその正反対、むしろギルベルトを嘲っているように聞こえる。
「いい加減にしろ! 私に何か言いたいことがあるなら、はっきり口に出したらどうなんだ!」
机を叩いてそう言ったギルベルトに、ルクリュスはクッと唇の端を歪めた。
「いえ、そんな。僕がスフィノーラ侯爵様に言えることなんて……僕はただ、高潔な侯爵様が月に二、三度、誰にもみつからないように夜の街に消えていく理由を教えて欲しいなって思っただけで」
もしもここに第三者がいたら、常に冷静沈着な歴戦の勇士が音を立てて青ざめるのを目にすることが出来ただろう。
「なんでも、とある宿屋を贔屓にしているとか」
「……何の話だっ」
目を逸らして誤魔化そうとするが、ギルベルトの手は震えていた。額に汗がにじむ。
(馬鹿なっ……この子供が「あのこと」を知っているはずがないっ! これしきの揺さぶりで動揺するな!)
ギルベルトは自分に言い聞かせた。
「テオは何も知らないみたいですねぇ。奥様には話しているんですか? 侯爵様の秘密のお楽しみのこと」
ルクリュスは追及の手を緩めようとしない。
「……何のことだか、わからんな」
「往生際が悪いですねぇ。恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。僕もそれを知った時はびっくりしましたけど、軍人なんかやっていると癒されたくなるのも無理ないですよね。皆わかってくれますよ」
ルクリュスは目を眇めて声を低めた。
「もうすっかりわかっているんですよ。貴方が町の宿屋の一室で何をしているか」
「……嘘だ! そんなわけがっ」
「嘘じゃありませんとも。貴方が可愛いのとか綺麗なのとかを手にして、誰にも見られないようにこそこそ歩いていたという証言もあります」
「なん、だと……っ?」
ギルベルトは愕然として目をみはった。
いつどこで、誰に見られていたというのだろう。最新の注意を払っていたつもりだったのに。
「いやあ、でも、今でも信じられませんよ。まさか、泣く子も黙るスフィノーラ家の武人が……
『本当は剣よりも針を持つ方が得意で、こっそり宿の一室で可愛いぬいぐるみや刺繍入りのハンカチ、綺麗なレース編みを自作している』
だなんて!」
「くぅぅっ……! やめろぉぉっ!」
ギルベルトは頭を抱えて苦悩の叫びをあげた。