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薄々気づいていたことを指摘され、ギルベルトは歯噛みした。
確かにテオジェンナはルクリュスを前にすると正気を失う。誰にも止められない。
「わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「いえ。ご親戚の伯爵家と縁談があると聞きまして」
「待て。何故それを知っている?」
ルクリュスはしれっと答えた。
「風の噂で聞こえまして」
嘘だ。まだ誰にも、妻にも相談していないというのに、第三者が知っているはずがない。
ギルベルトは警戒した。ただの可愛らしい子供だと思っていた隣家の八男が、急に得体の知れない存在に思えてきた。
「縁談は受けないでください」
訝しむギルベルトの前で、ルクリュスは飄々と言った。
「今回だけじゃなく、今後一切」
「何を言っている。君にそんなことを決める権利はない!」
親しい同僚が目に入れても痛くないほど可愛がっている愛息子であっても、無礼な言動にギルベルトの口調もきつくなる。
「権利とか関係ないんですよ」
ルクリュスはギルベルトの怒りにも怯える様子を見せず、むしろ少し苛立ったように腕組みをした。
「そもそも、僕がテオに「お見合いなんてしないで♡」と言えば、テオは喜んで言うこときいてくれるので」
「それは……」
ギルベルトは口を噤んだ。
そんなことはない、と否定したいが、脳内の愛娘は「小石ちゃんのおねだりならば、この命に代えても叶えてみせようホトトギス!!」と荒ぶっている。
現実のリアクションもおそらく似たようなものだろう。
「直接テオにお願いした方が簡単に済む話だけど、そこをテオの父君に敬意を評してわざわざ頼みにきてやってるんですよ」
何故か恩着せがましい態度のルクリュスに、ギルベルトは怒りを通り越して呆れの境地に至った。
この少年は、父と兄達に可愛がられすぎたせいで、まだ世間知らずで怖いものなしなのだろう。まともに相手をする必要はない。
「話はそれだけか。私は忙しい。出ていきなさい」
一方的に話を打ち切って退室を促すと、ギルベルトは興味をなくしたように仕事に戻ろうとした。
だが、ルクリュスは引き下がらなかった。
「話はまだ終わってませんよ」
「もういいから帰りなさい。これ以上駄々をこねると父君を呼ぶぞ!」
ギルベルトは厳しい口調で叱りつけて、ルクリュスを追い出そうとした。
「へぇ……」
ルクリュスはくりっと首を傾げた。
「スフィノーラ侯爵は、やっぱりとぉっても忙しいんですねぇ」
含みのある言い方に、ギルベルトは書類から顔を上げた。
天使のように、いや天使より可愛いと娘が力説する少年の顔が、にたり、と悪魔の笑みを浮かべたのをギルベルトは確かに目にした。




