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 ***



 ギルベルト・スフィノーラ侯爵は由緒正しいスフィノーラ家の血を引く者として、息子と娘を厳しく育ててきた。


 スフィノーラ家は代々軍の要職に就いてきた家系だ。いつかは自分の子供達も軍人となるだろうとギルベルトは考えている。

 もちろん、強制するつもりはない。他に進みたい道ができたならそちらを目指せばいい。そうなったとしても、過酷な訓練に耐えた肉体と精神力は決して無駄にならないだろうと思っていた。


 幸い、子供達は二人とも健康にたくましく育ってくれた。

 嫡男は期待通りに優秀な軍人となったし、娘もまた軍人家系にふさわしく、勇敢で凛々しい、どこに出しても恥ずかしくない——


「お嬢様が馬車の中で死んでるぞ!」

「何があったの!?」

「えっ! ルクリュス様と一緒に帰ってきた!?」

「なんて無謀なっ!」

「無茶しやがって……っ」


 馬車の中からぐんにゃりと脱力した姿で現れ地に伏したテオジェンナを、使用人達が助け起す。

 幼馴染と一緒に帰宅したというだけで、どうして「戦士の帰還」みたいな雰囲気になっているのか理解できない。

 ギルベルトは重たい溜め息を吐いた。


(テオジェンナよ……早く気づくのだ! ルクリュス・ゴッドホーンは「可愛い小石ちゃん」などではない!)


 ギルベルトの脳裏に、三年前のある日の光景が蘇った。


 それは十四歳になったテオジェンナに縁談が持ち込まれた頃のことだ。

 縁談といっても、親戚からの「もし、よかったら一度顔合わせを〜」程度の軽いもので、テオジェンナもそろそろこうした顔合わせの茶会などに参加しなければならない年頃になったかとギルベルトは複雑な心境になった。


 鍛錬ばかりしている娘はまだまだ縁談には興味がなさそうだが、とりあえず帰ったら話をしてみよう。軍部の執務室で業務をしながら、ギルベルトはそう考えていた。

 そこへ、部下が入ってきて「ゴッドホーン家の子息が訪ねてきている」と告げてきた。


「私に? ガンドルフに用があるのではないのか?」


 ギルベルトは首を捻った。

 とりあえず通すように命じると、ややあって姿を現したのは小さな少年だった。


「私に何の用かな?」


 ギルベルトの質問に、ルクリュス・ゴッドホーンはにっこりと笑った。


「お願いがあるんです」




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