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「あの頃の僕は行き詰まっていたなあ……」
昔のことを思い出して、ルクリュスは苦笑いと共にひとりごちた。
ゴッドホーン家の男として、父の息子として、兄達のようになりたい。ならなければ、と思っていた。思い込んでいた。
誰も、ルクリュスにそんなことを強いてはいなかったというのに、自分で自分を追い込んでしまっていたのだ。
「若気の至りだな」
まだ己の可愛さを完全に受け入れることも適切に活用することもできなかった未熟な自分を思い、ルクリュスはふっと息を吐いた。
寝台の上に身を起こしたルクリュスは、いつも持ち歩いているハンカチをポケットから取り出し、軽く握りしめた。
テオジェンナは、あの時のことを覚えているだろうか。
「いや、無理かな」
テオジェンナはルクリュスが目の前にいる時はだいたい錯乱しているか呼吸困難に陥っているか死にかけているかなので、記憶に期待するのは酷だろう。
本人も「生きているだけで奇跡だと讃えてくれ!」と訴えるぐらいだ。
「ルクリュス、帰っているのかしら?」
部屋の外から母に呼びかけられて、ルクリュスは寝台から降りて扉を開けた。
「僕はテオに送ってもらったんだ。兄さんは帰ってきた?」
「ええ」
母のルリーティアはルクリュスによく似ている。愛らしい顔立ちといい、息子を八人も産んだとは思えない華奢な体といい、いまだに少女のようだ。
しかし、見た目で判断してはいけない。
彼女は岩石を七つと小石を一粒産んだたくましい女性なのだ。
「馬車の中で二人きりなんて……テオちゃんは大丈夫だったの? 降りる時にちゃんと生きてるか確認した?」
「大丈夫。ちゃんと生きてた」
「そう……でも、その後、家に着くまでに急変した可能性もあるし、後で無事だったか確認しておかないと」
ルリーティアは小首を傾げて呟いた。彼女は自らの産んだ八男の前ではテオジェンナの命は風前の灯のようなものだと思っている。
「いい? ルクリュス。決して急いては駄目よ? テオちゃんの限界を見極めてぎりぎりを攻めるのよ」
ルリーティアはおっとりした口調のまま言った。
「わかってるよ。母さん」
ルクリュスは母親似だ。外見のみならず、中身もそっくりだった。
「ルクリュス、あなたは私に似てしまった。決して岩石にはなれない。でも、剣を振る力がない代わりに、剣より強い武器を持って生まれてきたのよ。そう——「可愛い」は武器よ!」
ルクリュスはふっと笑った。
「わかってるよ、母さん。この見た目を最大限に利用して可愛いもの好きのテオを落としてやるさ」
「それでこそ私の息子だわ」
愛らしい母子は花が綻ぶような笑顔で微笑みあった。