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父と兄達はルクリュスに甘い。基本的にルクリュスが何をしても笑顔で可愛がる。
しかし、母は違った。父や兄達が「ルクリュスが悲しむ」と思って言わないことでも、母はためらうことなく口にした。
「ルクリュス、あなたは岩石にはなれないわ」
炎天下、素振りを十回こなしたところで力尽きて部屋に運び込まれたルクリュスに、母は厳しい顔つきで言った。
「あなたは私に似たの。小柄なのも筋肉がつきにくいのも非力なのも虚弱体質も」
ルクリュスは寝台の上でじとりと母を睨みつけた。
「だって、ゴッドホーン家の男は皆、軍人になってきたって……」
「だからといって、あなたが無理をしたところで軍人にはなれないわ」
ルクリュスは口を尖らせてうつむいた。
自分でも薄々は気づいていた。自分の肉体は、思い描いたようには育ってくれない。いつまで経っても、「岩石侯爵家の小石ちゃん」のままだ。
所詮は小石。小石は岩石にはなれない。
ルクリュスはこれからも、赤の他人から「可愛い小石ちゃん」と侮られ続けなければならない。
ゴッドホーン家の男にふさわしい岩石になれなかった、出来損ないの小石として。
十歳にして挫折を味わったルクリュスは、くさくさした気分でふてくされた日々を過ごした。
自分と同じ目線だった子供が、次に会った時にはぐんと背が伸びているということがよくあって、子供達の集まる場に顔を出すのも嫌になった。
他の子供はすくすく成長しているのに、ルクリュスだけが小さいままなのが気に入らなかった。
そんなある日、家の近くをぶらぶら歩いていたルクリュスは、いつの間にかスフィノーラ家の館の前まで来ていたことに気づいて足を止めた。
庭から「やあ! やあ!」と少女の掛け声が聞こえる。
(テオジェンナ・スフィノーラ……)
光の差す明るい庭で剣を振る少女の姿を見て、ルクリュスの胸には黒い靄が広がった。
じっと見ていると、やがてテオジェンナがこちらに気づいた。
「ぎゃあっ! こ、こここ小石ちゃん! わ、私はとうとう幻覚まで見るように!? なんたることだ! ああ、でも幻覚でも可愛い! どうしよう! 近寄ったら消えちゃうかな!? 蜃気楼みたいに! 夢まぼろしのごとく! だが、どこからどこまでが現実でどこからが幻覚なんだ!? 私にはもう何もわからない! 私はっ、一体……っ」
ルクリュスが庭先に立っていただけで何故か己の実存を見失いかけるテオジェンナを、ルクリュスはじっとみつめた。
その時のルクリュスは、思うように大きくなれない苛立ちを抱えていて、家族以外の口から「可愛い」と言われることにどうしようもなく腹が立った。
目の前の少女を、ひどく傷つけてやりたい気分になったのだ。
「……君は、いいよね。背も高くて剣も振れる……」
ルクリュスはぱっと顔を上げて、とびきり愛らしい笑顔をテオジェンナに見せつけた。
そして、抱え込んだ苛立ちを毒に変えて、吐き出したのだ。




