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可愛いとは、言われ慣れていた。
テオジェンナの言葉も要約すると結局「ルクリュスが可愛い」としか言っていないのだが、いかんせん熱量が圧倒的だった。
「テオジェンナ、落ち着きなさい。どうしたんだ?」
娘の常ならぬ様子にうろたえたスフィノーラ侯爵がたしなめるが、テオジェンナは真っ赤な顔ではあはあと荒い息を吐いていた。
(なんだ、こいつ……)
ルクリュスは無意識に首を傾げた。
「ぎゃふんっ!」
テオジェンナが胸を押さえた。
「可愛い子は首を傾げるの禁止! 理由は可愛すぎるから! そんな可愛く首を傾げていたらいつか人死にが出るぞ!」
「ええ……?」
ひとの誕生日に何を物騒なことを、と眉をひそめたルクリュスだったが、ルクリュスの父ガンドルフはうれしそうに声をあげた。
「おお! わかってくれるか、ルクリュスの可愛さを!」
ガンドルフ・ゴッドホーンは末っ子を溺愛していた。
それはそれは溺愛していた。
「皆、「可愛い」とは言ってくれるのだが、ルクリュスの可愛さはそんな一言では表せないと思っていたのだ! テオジェンナ嬢の素直な評価に胸を打たれたぞ!」
「ゴッドホーン侯爵様! こんなに可愛い生き物が家にいて、平気で暮らしておられるのですか! さすがです! 私なら三日も保ちません!」
「ははは! ここまでルクリュスの可愛さを理解してくれる令嬢がいるとはな! 気に入った! いつでも遊びにきなさい!」
豪快な父親が上機嫌で小さな女の子の肩を叩くのを見て、ルクリュスは口元を引きつらせた。
可愛い、とは言われ慣れていた。
六歳にしてすでにうんざりするほどに。
どいつもこいつも、人の顔を見て同じ感想しか述べない。
いや、同じ言葉しか垂れ流さない。もうちょっと何か、他に感じ取ることはないのか。
家族に「可愛い」と言われるのはかまわない。その言葉に確かな愛情が込められているのがわかるから。
でも、他者の口から出る空虚な「可愛い」には、もはや苛立ちすら覚えるのだ。
(今にみてろよ。大きくなったら、父様みたいにでっかくて、力が強くて、髭が生えてて、ズシーンズシーンって足音がするような大男になってやる!)
齢六歳のルクリュスは、まだ己のポテンシャルを純粋に信じていた。