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六歳のルクリュスは自分が他人より可愛いのだと知っていた。
なにせ、父と兄達から毎日のように「可愛い」と言われていたからだ。
唯一、自分に似ている母だけは、「末っ子だからって甘やかしすぎです!」と怒っていたが。
身内以外の人間だって、ルクリュスを見て最初に出てくる言葉は「可愛い」だった。可愛いお子さん。ご子息は可愛らしい。なんて可愛いんでしょう。
言われすぎて、もはや自分の名前の一部かと思うほど、可愛いという言葉が降りかかる日常を過ごしていた。
そんな日々の中、迎えた六歳の誕生日にスフィノーラ侯爵家がやってきた。
ルクリュスは幼いながらに我が家がスフィノーラ家との仲がいいことを理解していた。
武門を預かる二家が仲違いをすれば国の防衛に影響が出る。ゴッドホーン家の者として、スフィノーラ家には愛想を振りまいておいた方が得策だろうと幼い小さな頭がくるりと回転した。
さて、とびっきり可愛い顔で挨拶でもしてやるかと思い顔を上げたルクリュスは、威厳を湛えた男性と姿勢のいい少年と、その横で顔を真っ赤にして小さくぷるぷる震えている女の子が目に入って首を傾げた。
金色の髪をひっつめて男のような服を着ている女の子は、ルクリュスから目を離さずに立ち尽くしている。
「か」
女の子の口から、声がこぼれた。
可愛い、と、そう言われるのだろうと思った。いつものことだ。誰も彼もが一つ覚えのようにルクリュスを見てそう言う。
「か、かか、か、か」
女の子の震えが徐々に大きくなる。ぷるぷるからぶるぶるへ、そして、ガクガクへ。
「かっ、かっ、かっ、」
なかなか可愛いと言わない。その一言を口から出すのに相当の力が必要なのか、握った拳は力を込めすぎて真っ白になっている。
可愛いと言おうとしているのではなく、もしやひきつけでも起こしたのでは? と思い浮かんだ直後だった。
「かっかかか……可愛いぃぃぃ〜っ!! なにこれどういうこと!? こんなに可愛い生き物がこの世に存在していていいのか!? 人類には過ぎた可愛さなのでは!? わかったこれは神の罠だな! 私の信仰を試しておられる! しかしそれにしてもちょっと可愛く創り過ぎなのでは!? この世に咲くどんな花よりも可愛いんですけど!? 神様、この子を創った時なんか嫌なことでもあって癒されたかったのでは!? シェフが作ってくれたオレンジシャーベットみたいな色の髪も叔父様にもらったべっこう飴みたいなまん丸いおめめもどこもかしこも甘そうなんだが!? 神様、キャンディー創ろうとして間違えて人間創った!? 大丈夫!? 今日の日差しで融けてしまわないか!? 日傘! 日傘をくれ! 融けてしまう! 神が創りたもうた奇跡の可愛さが融けてしまう!」
なかなか出てこない一言を絞り出した途端、塞き止められていたものが勢いよく流れ出すように溢れた言葉の本流に、ルクリュスは呆気にとられた。