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見た目と中身が一致しない人間というのは実はそれほど多くない。
人が思う以上に、外面には内面がにじみ出るものなのだ。
故に、外見から中身が窺えない人間には注意すべきだ。
外見に漏れないように、己の中身を完璧に制御できる技能の持ち主ということだからだ。
ルクリュス・ゴッドホーンは完璧だった。
腹の中の黒いものをいっさい外に出していなかった。
「言いたいことは一つだけだ。テオジェンナに必要以上に近づくな」
机に腰掛けて腕を組んで、ぐいと睨みつけてくる。王太子の前でありえないほど不敬な態度だが、ルクリュスは少しも恐れる様子を見せない。
堂々とした態度に気圧されそうになるが、初対面の相手に脅されて言いなりになるわけにはいかない。
「貴様にそんな要求をする権利はないだろう」
レイクリードが強い口調で言うと、ルクリュスは片眉を跳ね上げた。
「権利がどうとかって議論がしたいんじゃねえんだよ。僕が気に入らないってだけ」
「おい! なんなんだその口の利き方は! 殿下に対して不敬だぞ!」
ケインが流石に我慢できずに怒鳴る。
それに対して、ルクリュスはふん、と鼻を鳴らしただけだった。
「殿下への暴言で罰されたいのか!?」
「どうぞ」
ルクリュスは飄々と言い放った。
「捕まって処刑される時には、僕は首を切られる寸前まで「誤解ですぅ! 僕はそんなことしてません!」って泣き叫んでやるよ。国民はどう思うかなぁ」
レイクリード達は思わず「うっ」と呻いた。
想像できてしまったのだ。
なにせ、ルクリュスは掛け値なしに可愛らしい容姿をしている。大きくて丸い琥珀色の瞳を涙で潤ませて無実を訴える愛らしい少年を目にした者達の心に、「こんないたいけな少年が罪を犯すか?」という疑念が生じることは止められないだろう。
王太子は無実の人間を処刑する残酷な性格だと思われるか、あるいは王太子は軽い失言でも許さずに命まで奪う狭量な心の持ち主である、という印象を少なからぬ国民の記憶に刻みつけてしまうことになる。
「まあ、別に僕も積極的に処刑されたいわけじゃないから、この希望さえ聞いてくれれば普段は丁重な態度で接しますよ」
「何故、わざわざこんな真似を? スフィノーラ嬢の周りの男をいちいち牽制してまわるより、婚約してしまえば済む話ではないか。
純粋に疑問に思って、レイクリードは尋ねた。
テオジェンナはあの通り、誰が見てもルクリュスにぞっこんなのだから、ルクリュスの方から婚約を申し込めばいいのだ。
だが、ルクリュスは眉間にしわを寄せて首を横に振った。
「挨拶だけでも死にかけているっていうのに、僕から告白だの婚約だの切り出したら本当に死にそうな気がして……」
ああ、なるほど。
毎日のように息も絶え絶えになっているテオジェンナの姿を脳裏に浮かべ、一同は深く納得したのだった。