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ルクリュス・ゴッドホーン。
軍人として名高いガンドルフ・ゴッドホーンの八男。
その愛らしい容姿から「岩石侯爵家の小石ちゃん」と呼ばれている。
幼馴染の侯爵令嬢から過剰に愛されており、本人は悪くないがその可愛さでたびたび侯爵令嬢の息の根を止めそうになっている。
それが、レイクリードの知るルクリュス・ゴッドホーンの情報だった。
しかし、今目の前でこちらを睨みつけてくる少年は、とても「愛らしい」とは呼べなかった。
(なんだ、この得体の知れない迫力はっ……)
レイクリードの王者としての危機察知能力が、即座に警戒態勢をとらせた。
それは彼の側近達も同じだった。三人はとっさにレイクリードを守るように立ち上がった。
「貴様……何者だ?」
侯爵家とはいえ、たかが八男。
レイクリードはおろか側近達にとっても、ルクリュス・ゴッドホーンなど取るに足らぬ存在だ。
にもかかわらず、その眼力と威圧感はとうてい「小石ちゃん」とは呼べぬものであった。
「僕はルクリュス・ゴッドホーン。今日のところはひとまず挨拶に来ただけだ」
ルクリュスが一歩前に出た。レイクリードは後ずさりそうになるのを気合いで押しとどめた。侯爵家の八男ごときに気圧されるわけにはいかない。王族の矜持だ。
「挨拶、だと?」
「その通り、僕の……」
「そうだ。ルクリュス、言い忘れていたんだが」
ガチャッと扉が開いて、出ていったばかりのテオジェンナが顔を覗かせた。
途端、
「え? なーに? テオ」
きゃるぅんっ! と効果音が付きそうな仕草で、ルクリュスが瞳をきらきらさせて振り返りテオジェンナに顔を向けた。
一瞬で、室内の緊迫した空気が霧散する。
「ふぐぅっ! 可愛すぎて内臓吐きそうっ! ……いや、ロミオが用事があるので先に帰ると言っていた。なので、うちの馬車で送っていく」
「うん、わかった! わあ~、テオと一緒に帰れるのうれしいなあ」
「ごふぅっ!! 可愛さのあまり肝臓が潰れた気がするっ!! ……で、では、また後で」
「うん!」
満面の笑顔で手を振るルクリュス。
腹を押さえて呻くテオジェンナの姿が、再び扉の向こうに消えた。
「……ふう」
ルクリュスが小さく息を吐く。
そして、一部始終を見ていたレイクリード達に顔を向けて低い声で告げた。
「言っとくけど、テオに余計なこと喋ったら、生きたまま地獄を見てもらうぞ」
冷たく据わった目つきからは、その言葉に偽りはないと伝わってくる。
レイクリード達は同時に悟った。
(こいつ……っ、幼馴染の前では猫かぶってやがるっ!!)
その日、王太子レイクリードとその側近達は、ゴッドホーン家の末っ子がとてつもない腹黒であることを知ったのだった。




