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「テオ、おはよう!」
「ぐっふぅんぬっ!!」
笑顔で挨拶をされたテオジェンナは胸を押さえて倒れた。
最近、学園では一年生の男子に挨拶されて倒れる侯爵令嬢の光景が日常になりつつある。
「テオ、大丈夫?」
「問題ないっ! ただちょっとあまりの可愛さに心臓がおかしな跳ね方をしただけだ! 心臓を落ち着かせれば問題ないんだ! 少し待ってくれ、今仕留める!」
地面に倒れたまま、何故か剣を抜く侯爵令嬢。
落ち着かせるって、それで突き刺したら落ち着くどころか止まっちゃうと思うのだが。
心臓のみならず、全身が。
「お、本日の発作か。毎朝、よくやるなあ」
慣れているのか素通りしていくロミオ・ゴッドホーン。
素通りしないで。止めていって。
「テオ。僕らも行こう」
「あ、ああ……」
ルクリュスに促されて、テオジェンナは剣を納めて立ち上がろうとした。
「ほら、早く立って」
「ぐぎゃあっふん!!」
可愛い小石ちゃんの可憐なおててを差し出されて、立ち上がりかけた岩石令嬢は再び地面に沈んだ。
***
「生徒達から苦情がきている」
生徒会室にて、朝の打ち合わせの最中に王太子レイクリードが苦い口調で切り出した。
「毎朝、校門の辺りで奇声をあげて地面をのたうち回る令嬢がいるのでなんとかしてほしい、とな」
「なんと……そんな珍妙な令嬢がいるのですか?」
「貴女のことよ、テオジェンナ」
とぼけた態度のテオジェンナに、ユージェニーが突っ込む。
「失敬な! 私はのたうち回ってなどいない! ただちょっと地面にめり込んだだけだ!」
「どちらでもいいわよ」
キリッとした顔つきで訴えるテオジェンナを見て溜め息を吐くユージェニーの意見に全員賛成だった。
以前は「麗人」と呼ばれて人気を集めていたテオジェンナだが、ルクリュスが入学してからというもの、「変人」として有名になりつつある。嘆かわしい。
「せめて、公衆の面前では叫んだり倒れたりするのを我慢したらどうだ。誰も見ていない場所で思う存分悶えればいい」
レイクリードが苦言を呈すると、テオジェンナは決まり悪そうに目を逸らした。
「わ、私だって、好きで醜態を晒しているわけではない。ただ……小石ちゃんが可愛すぎるんだ! 元から最高に可愛くてこれ以上可愛くなりようがないと思っていたのに、ここ最近、日に日に可愛さが増していくんだ!」
朝の光の下、弾けるような笑顔で駆け寄ってくるルクリュス。
彼の周りの空気だけきらきらと輝いて、すべての汚れが洗い流されていくような光景だ。
そんな眩しい姿を直視してしまったら、まともに立っていられるわけがない。足の力は抜け、心臓は飛び跳ね、息は絶え絶えになり、何も考えられなくなる。むしろまだ生きていることを奇跡と称えてほしい。
「小石ちゃんの可愛さはとどまるところを知らない……恐ろしい、私はいったいどうなってしまうのか……」
日に日に増していくルクリュスの可愛さに恐れおののくテオジェンナだが、恐ろしいのはこっちだとレイクリードは思った。
テオジェンナがこれ以上おかしくなったら手に負えないではないか。
「とにかく、他の生徒に奇妙に思われる行動は控えるように」
「大丈夫。きっとそのうち皆慣れる。昔から私を知っているロミオは何も気にしていないしな」
「生徒の慣れに期待するな! 奇声をあげて悶える侯爵令嬢を常識的な光景として素通りする生徒達の上になど立ちたくないぞ私は!」
レイクリードは頭を抱えて怒鳴った。




