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スフィノーラ侯爵家の朝は早い。
当主ギルベルトも嫡男のトラヴィスも軍人であるため、早朝に家を出てしまう。
テオジェンナは軽く剣の稽古をした後に母のラヴェンナと朝食をとるのが日課だった。
いつものように稽古を終えて朝食の席に向かったテオジェンナは、食堂に父の姿をみつけて目を丸くした。
「父上、珍しいですね」
「ああ。たまにはラヴェンナとゆっくり過ごせとトラヴィスに叱られてしまってな」
ギルベルトは鷹揚に微笑んだ。
「学園はどうだ?」
「問題ありません」
食事をしながら学園の日常について尋ねられて答えていると、父とテオジェンナの会話に母が口を挟んできた。
「ルクリュス君とはどうなの? ちゃんと仲良くしているのかしら?」
テオジェンナが「ぐふっ」と喉を詰まらせた。
「ルクリュスか……」
ギルベルトはわずかに顔を引きつらせた。
「テオジェンナは昔からルクリュス君のことが大好きだものねー。早く婚約しちゃいなさいよー」
「なっ……ぐっ、げほげほっ」
テオジェンナは顔を真っ赤にして咳き込んだ。ラヴェンナはそんな娘を見てにこにこしている。
「こっ、こっ、こんにゃくなど、できるはずがないでしょうっ!」
「あら、どうして?」
テオジェンナはなんとか息を落ち着けてテーブルを拳で叩いた。
「小石ちゃ……ルクリュスには、彼の可愛さに及ばずとも引けを取らない程度の、世界で二番目くらいに可愛い子がお似合いなんです! ふわっふわで、きゅるっきゅるの、砂糖菓子みたいな可愛い子が!」
テオジェンナはそう力説した。
ルクリュス・ゴッドホーンは可愛い。
優しい夕日のような、甘やかなオレンジ色の髪。ゆるりと融けた飴のような琥珀色の瞳。
小さな顔にきらきらの瞳が輝き、笑顔を浮かべれば花が咲いたように辺りの空気が明るくなる。
歩いているだけで小鳥が集まってきて、彼の肩で歌を囀る。
そんな愛らしさの化身のような存在に、自分のような岩石は似合わない。
テオジェンナは決めている。
自分の気持ちは封印して、ルクリュスにふさわしい可愛い子をみつけて、二人が結ばれるように協力すると。
ちなみに、彼の肩で囀っている小鳥は、もしかしたら彼の手下で、歌っているのではなく何らかの指示を受けているのかもしれない。ハンゾウ、サスケ、クモスケの存在をテオジェンナは知らない。
自分はルクリュスに似合わないと力説する娘に、スフィノーラ侯爵ギルベルトはそっと胃を押さえていた。




