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お茶会が始まって、セシリアの手でお茶が各自の目の前に置かれた。
隣に座るロミオがカップに手を伸ばそうとしたのを見て、ルクリュスは「あっ!」と大声をあげた。
明後日の方向を指さすと、ロミオとテオジェンナはつられてそちらへ目を向けた。
その隙に、ルクリュスは目にも留まらぬ早業でロミオの前のカップとセシリアのカップを入れ替えた。
「ごめん、気のせいだった」
笑って誤魔化すと、小さな呻き声と共にテオジェンナが椅子から落ちていった。
ルクリュスは微笑みを引きつらせたセシリアに向かって「ふん」と鼻で笑った。
(どうせ、お茶に何か仕込んでいたんだろう。蜘蛛女め)
その証拠に、セシリアは自分の前に置かれたお茶に口を付けようとしなかった。
惚れ薬だか媚薬だか、いずれにしろろくでもないものが入っているのだろう。
(まったく……僕だってテオに薬を盛ったことはないのに)
誰かに薬物を盛る計画を立てるのは、腹黒ならば誰もが一度は通る道だ。ルクリュスにも「世界の毒物辞典」とかを読みあさっていた時代がある。若気の至りだ。
別に人を死に至らしめたいという欲望があったわけではなく、単なる好奇心だ。他人を操る手段は持っておくに越したことがない。
しかし、考えるだけと実際に盛るのは天と地ほどに違う。
ためらいもなく好きな男に薬を盛るセシリアの度胸に、ルクリュスは音を立てないように口の中で舌を打った。
セシリアはルクリュスを軽く睨みつけてから、お菓子を勧め出す。
その焼き菓子に、飾りのように乗せられている小さな種を、ルクリュスは見逃さなかった。
(あれは……パレルの種!)
「世界の毒物辞典」にも載っていた。南方の国に咲くパレルという花の種だ。
口にしても死に至ることはないが、わずかに動悸が早くなり酒に酔ったような状態になると書いてあった。弱い催淫効果もあり、南方の国では結婚式に夫婦が酒に入れて飲む風習があるという。
また、意中の相手に食べさせて、軽い酔い心地と湧き上がる衝動とで理性と警戒心が薄れたところを狙って口説いてモノにしてしまうという使い方をする者もいるらしい。
ルクリュスはぎりっと歯を噛みしめると、焼き菓子に手を伸ばす振りをして口笛を鳴らした。
すると、三羽の黄色い小鳥が飛んでくる。
こういう時のために普段から仕込んでいるルクリュスの秘密の手下だ。
ハンゾウ、サスケ、クモスケはパレルの種をくちばしにくわえて、飛び去っていった。
(よしよし。後でご褒美にパンをやろう)
ルクリュスは胸を撫で下ろして、「邪魔すんじゃねえよ」という目で睨んでくるセシリアを見返した。
(ざまあみろ。そっちの思い通りにはさせねえぞ)
(余計なことすんじゃないわよ、このぶりっこ小僧)
うふふあははと笑い合いながら、互いに内心で相手を罵る。
端で見ている者がいたら、笑顔でみつめあう二人の周囲の空気が凍り付いていることに震えたであろうが、愛らしさで目が曇っているテオジェンナと鈍感なロミオには、普通に仲良くしているようにしか見えなかった。
(だいたい、なんでアンタが私とロミオ様の間に座っているのよ。邪魔よ)
(お前が兄さんに不埒な真似をしないようにだよ)
(あら? てっきりテオジェンナ様の隣に座る勇気がないのかと)
(はっはっは。そんなわけがないだろう。僕達は仲良しの幼馴染だぞ。「弟のクラスメイト」としか認識されていない分際で、僕に大口を叩くなよ)
微笑み合ったまま、毒を飛ばし合う。声は出していないのに、相手の言っていることが手に取るようにわかるのは、腹黒同士相通じるものがあるからか。




