27
***
フロル・ノースヴァラッド。
その名前を聞いたレイクリードはがちりと硬直した。
目下、国中に兵をばらまいて捜し求めている人物。ノースヴァラッド王国のフロル姫。
言われてみれば、銀の髪と抜けるように白い雪の肌はノースヴァラッドの王族の特徴だ。
横で聞いていたテオジェンナとルクリュスもあんぐりと口を開けた。
誰もが口をきけずにいる中で、フロルだけが何事もないようににこにこして妙案を思いついたというように手を打った。
「そうだ~。ついでだから、王太子殿下にお願いが~。お見合いはナシの方向で~」
「え? あ、ああ?」
レイクリードはぱちぱちと目を瞬いた。
「うふふ~。私、自分の旦那様は自分でみつけたいのです~。運命の相手なら、出会った瞬間に「びびびっ」ってなると思うので~」
なんともお花畑らしいことを言うフロル。
しかし、相手から縁談を断ってくれるなら助かると、レイクリードは早々に頭を切り替えて頷いた。
「承知した。では、迅速にノースヴァラッドへ戻れるように手配するので……」
とりあえずフロルを客室に案内し丁重に扱わなければとレイクリードが動きかけたところに、どたどたと二人分の足音が響いて、侯爵家から駆けつけてきたロミオとトラヴィスが駆け込んできた。
「ルー! 無事でよかった!」
「ロミオ兄様!」
ロミオが満面の笑顔でルクリュスを抱きしめる。その横を足早に横切って、トラヴィスはテオジェンナの前に立った。
「テオジェンナ……」
「兄上。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「……いい」
トラヴィスは無口な男である。会話も常に簡潔で、ぼそっと一言だけ喋って俯いてしまう。
テオジェンナは兄の態度に慣れているので「いい」と言う一言に「無事でよかった」「迷惑かけたことも許す」などなどの種々の意味が含まれていることが読み解ける。しかし、テオジェンナ以外の女性にもこの態度なので、スフィノーラ侯爵家の嫡男だというのに結婚相手がなかなか決まらないでいる。
そんなトラヴィスにふらぁ~っと引き寄せられる者がいた。
「あ、あのぉ~、お名前を伺っても~……?」
雪のごとき肌を薔薇色に染めたフロルが、目をキラキラ輝かせてトラヴィスを見上げていた。
***
ルクリュスはこめかみに青筋を浮かべて笑顔を引きつらせた。
誘拐事件から三ヵ月、ごたごたしている間にさくさくテオジェンナとの婚約を整えて順風満帆な日々を過ごしていたルクリュスの前に現れた人物は、あいも変わらずのんびりとした口調で首を傾げた。
「ですから~、お父様にお願いしたのです~。愛しいトラヴィス様のおそばにいたいです~って」
本日、ルクリュスのクラスに留学生としてやってきたフロル・ノースヴァラッドは、「なんでここにいる!?」という質問に照れ笑いしながら答えた。
国際的な人身売買組織が捕まり、複数の国々で多数の逮捕者が出た。
顧客となっていた金持ちなども芋づる式に捕まり、しばらくの間は国の中も外も騒がしかった。
その騒ぎもだいぶ下火になってきた頃に不意打ちで現れた雪ん子に、ルクリュスは腹の中で舌打ちした。
「百歩譲って留学はよしとして、なぜ同じクラスにならなきゃいけないんだよ! 腹黒妖精の相手だけでも疲れるっていうのに!」
「あら、ルクリュス様。腹黒な妖精なんてどこでお見かけしたのかしら? うふふ。イケナイおクスリで幻覚でも見たのでは?」
「イケナイおクスリですか~。私達にはそういうのはまだ早いですわよ~? もっと大人になってから~」
イライラを隠さない腹黒小石。笑顔で毒を吐く腹黒妖精。頭の中に花が咲いてる天然雪ん子。
ルクリュスの台詞は三人以外のクラスメイト全員が内心で叫んでいる。なぜ、こんな厄介な連中を一つのクラスにまとめるのか、と。
見た目だけなら、そこだけ別世界かと思うほど極上に愛らしい。見た目だけなら。
だが、遠くから見るだけならともかく、同じクラスで過ごすのはちょっと遠慮したい。クラスメイト達の本心だ。
「チッ。だいたいトラヴィス様には振られてるんだろ? とっとと諦めて国に帰れ」
「あら~? 振られたんじゃありませんわ~。はかばかしい返事を得られなかっただけで。奥手なところも素敵ですわ~」
フロルがうっとりと頬を染めた。
そこへ、
「ルクリュス。今日は生徒会がないので一緒に帰り……ぎゃあああっ! 雪ん子がいるぅぅっ! なぜここに!? 小石ちゃんが妖精と雪ん子と一緒に……こ、これが両手に花というやつか? いや、しかし、真ん中の小石ちゃんの可愛さも花に例えられるからこれはつまり可愛さの花束っ……?」
「ちょっと、やめてよ!」
自分の婚約者が可愛い女の子に囲まれているのを目にした侯爵令嬢が、奇声をあげて仰け反った。
「嫉妬しろとまでは言わないけどさ! 僕をこの二人とまとめて愛でるのはやめろ!」
「はあはあ……す、すまない。しかし、この世の理を捻じ曲げるほどの可愛さが発生している……私は長く生きられないかもしれない……それはそうと、フロル王女がなぜここにいるんだ?」
テオジェンナは額の汗を拭いてフロルに尋ねた。
「トラヴィス様のお嫁さんになるために留学してきたんです~」
「ぐふうっ! 照れて頬を染める雪ん子、スーパー可愛い! こんな可愛い子が私の兄上を……待てよ。ということは」
ふと、重大なことに気づいたテオジェンナは驚愕に目を見開いた。
「雪ん子が兄上と結婚して、妖精がロミオと結婚したら……私はルクリュスの婚約者なわけだから、つまり……雪ん子が兄嫁になり、妖精が義兄嫁になるってこと!?」
とんでもないことだ。
「なんだその「可愛い包囲網」は!? よく考えたら義母も可愛いんだぞ!? 私に耐えられると思っているのか!? ……だ、誰かが、いや、世界が私を殺そうとしている!?」
あまりの事態に世界を疑いだしたテオジェンナに、ルクリュスは肩を落として溜め息を吐いた。
二人の関係性は少し変わったが、テオジェンナは変わらない。相変わらず、可愛いものに弱いし、ルクリュスの前で頻繁に死にかける。
ちょっと腹は立つけれど、それがテオジェンナなのだから仕方がない。
「ほら、テオ。早く帰ろう」
「あ、ああ。ルクリュス」
床にへたり込むテオジェンナに手を差し伸べると、素直に手を掴んできた。そのことに少し満足する。
「テオジェンナ様、またロミオ様のことで相談に乗ってください」
「テオジェンナ様~、トラヴィス様のお好きなものを教えてくださいませ~」
「はうう……妖精と雪ん子が潤んだ瞳で私を……! そんな目で見られては、私の内なる獣が目を覚ましてしまう……!」
「そろそろ浮気にカウントするぞ!?」
ルクリュスはテオジェンナの手を引いて駆け出した。背後からセシリアとフロルの声が聞こえてくるが振り返らない。
邪魔者は手強いし、婚約者は余所見ばかりだけど、負けるものか。最後に笑うのはルクリュスだ。
ただの小石と侮るなかれ。ルクリュス・ゴッドホーンは愛しい少女を手にいれるためならどんな手でも使う強い意志と、決して諦めない意地を持つ、偉大なる『岩石侯爵家の小石ちゃん』なのだ。
終




