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今の今まで存在を忘れられていた――否、おそらくルクリュスは忘れていたのではなく意図的に無視していた――ザックはふつふつと怒りを募らせた。
「茶番はおしまいにしてもらうぜ」
ザックはルクリュスを引き寄せて改めてナイフを突きつけた。
「婚約おめでとう、と言いたいところだが、お前達は商品だってことを思い出してもらわねえとな。悪く思うなよ」
低い声で脅すザックに、ルクリュスは怯えることなく声を張り上げた。
「フロル!」
「はい~?」
テオジェンナの横で先ほどから「これが修羅場ですのね~」と目を輝かせていたフロルがゆったりと振り向く。
「こいつからナイフを取り上げろ!」
「あら~? 確かに、人に刃物を向けちゃいけませんよ~?」
フロルはのんびりした口調で言いながら、ザックに歩み寄る。
「おいおい。何するつもりだ? 危ないから近寄るんじゃねえよ」
怯える様子もなく近づいてくるフロルに忠告するザック。テオジェンナも慌ててフロルを止めようとした。
「危ない! 下がって……」
「はーい。刃物はお片づけしましょうね~」
ザックの前で立ち止まったフロルがナイフに手を伸ばし、指先で刃をつまんだ。
そして――、
ばぎぃっ、と、刃を根元からへし折った。
「……は?」
呆然としたザックが呟く。フロルはそのまま、折れた刃を手のひらで包む。
ばぎがじゃぼぎっ
耳障りな音が響く。
フロルは柄だけになったナイフを握るザックに、手のひらの上で粉々になった刃の残骸を見せてにっこりと微笑んだ。
「これで安心ですね~」
「な……何をしたお前ぇぇっ!!」
ありえない出来事を見せつけられて混乱したザックがフロルに掴みかかる。
フロルはなんなくそれを避け、流れるような動作でザックの腰を腕を掴んで自分より大きな男を軽く背負い投げた。
床に叩きつけられたザックがぎゃふっと呻く。
「テオ! 押さえて!」
「あ、ああ」
テオジェンナがザックを押さえつけ、その隙にルクリュスはザックの手首を隠し持っていた縄で縛り上げた。
「これにて一件落着!」
ルクリュスが声高らかにそう言った。




